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その少女は前線基地の会議室に舞い降りてやってきた。いや、舞い降りたという表現はいささか上品にすぎる。今日は作戦指揮に関わる国連軍の将校や事務方の重鎮、その他の民間関係者、そして我々のような記者が一堂に介する最後の場――あけすけに言ってしまえば、これまで丹念に積み上げてきた法的手続きが実る瞬間――ついに果実として収穫できる日だった。
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そこへいきなり基地の天蓋を突き破って直接部屋に突っ込んできたのが彼女だ。当然、我々はカメラのシャッターを盛んに切りまくって応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が、一体最初になにを言うのか、そもそもなんでそんなだいそれた真似をしでかしたのか、我々報道陣は撮影もほどほどに固唾をのんで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。
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その少女は前線基地の会議室に舞い降りてやってきた。いや、舞い降りたという表現はいささか上品にすぎる。今日は作戦指揮に関わる国連軍の将校や事務方の重鎮、民間関係者、そして我々のような記者が一堂に会する最後の場――あけすけに言ってしまえば、これまで丹念に積み上げてきた法的手続きが実る時――ついに果実として収穫できる日だった。
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そこへ、いきなり基地の天井を突き破って部屋に突っ込んできたのが彼女だ。当然、記者たちはカメラのシャッターを盛んに切りまくってこれに応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が、一体なにを言うのか、なんでこんなだいそれた真似をしでかしたのか、会議室の全員が固唾をのんで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。
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”こんな安普請の基地で本当に守りを固めているつもり? もっとちゃんとしなさいよ”
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”3Dプリンター工場による大量生産物は明らかに自然破壊の大きな要因であり、抗議としてのデモンストレーションを……”
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正直、なにを言ってもらっても構わない。どうであれ絵になる。彼女の影響力は国家元首にも匹敵する。プランAからZまで、どんな内容であっても我々がしっかり英雄に仕立てあげて見せる。上へ上へぐんぐん伸びていく株にはぶら下がっておくのが得策だ。
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しかし、私が予想していたどの台詞とも異なり、彼女は長いブロンドの髪の毛をわたわたとたくしあげてこう言った。額に汗を滲ませ、等身大に焦りを見せる様子で。
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”3Dプリンター工場による大量生産物は自然破壊の大きな要因であり、抗議としてデモンストレーションを――”
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”予行練習のつもりだった。後でもう一回やっていい?”
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正直、なにを言ってもらっても構わない。どうであれ絵になる。彼女の影響力は国家元首にも匹敵する。どんな内容でろうとも人々の注目を掴んで離さない。上へ上へぐんぐん伸びていく株にはぶら下がっておくのが得策だ。
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しかし、私が予想していたどの台詞とも異なり、彼女は長いブロンドの髪の毛をわたわたとたくしあげてこう言った。額に汗を滲ませ、等身大に焦りを見せた様子で。
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「今、何時何分? たぶん、ギリ遅刻じゃないと思うんだけど」
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結論から言うと、彼女が基地を破壊して会議室に突っ込んだのは午前八時五九分、五五秒。遅刻五秒前だった。
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これが、私の今回の取材対象だ。本作戦の要、国連軍指定魔法能力行使者、PR上の都合で我々が「魔法少女」と呼んでいる人物との初めての出会いだった。
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彼女こそが、私の今回の取材対象だ。本作戦の要、国連指定魔法能力行使者、PR上の都合で我々報道関係者が『魔法少女』と呼んでいる人物との初めての出会いだった。
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最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による戦闘行動を認める。」と将校が告げた言葉に神託を見出し、例の彼女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
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砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二〇周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を迎えることは、当の彼らも今ではそろそろ受け入れてつつあるだろう。もともと無謀でしかなった革命政権の樹立がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
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読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、スターバックスの新商品ほどの関心も持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの民兵組織は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
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砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二〇周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を迎えることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなった革命政権がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、安保理常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
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読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分しか関心を持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの軍隊は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
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しかしある時、突然に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を開始せしめた。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
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批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一基何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒にせしめた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力行使者と呼称)
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批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一基何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
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こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも厳密には合法と言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
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さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。
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それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれといって借りられるようなら苦労しない。仮想敵国から戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
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@ -42,7 +43,7 @@ tags: ['novel']
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「まあ、私ひとりだけならそんなに面倒じゃないわね、なんて」
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そんな一介の女優でしかない彼女が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上等級の魔法能力行使者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運だったと言えるだろうか。映画の興行収益はすでに確約されたようなものだ。
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実在の軍人の役を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力行使者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともらしい道徳論を説く者があれば、しきりに言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性をことさらに重要視するのはセクシストだしエイジズムだとの論陣が張られた。
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そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、という意見がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
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そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
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世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、特に悶着もなく驚くほどあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
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今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心要の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても、理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
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もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
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@ -254,13 +255,19 @@ tags: ['novel']
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都市を抜けるとまた広大な渓谷と砂漠が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんなただ開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけでもなく、とっくの昔に航空戦力が払底して久しい敵軍の実情もあり、我々は涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがる(この動画は特に再生数が多い)彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。
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「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」
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事前に計画されていた時間に差し掛かるとすべての車輌が一旦停車して交代で休憩をとった。クーラーが名残惜しかったが「彼女を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
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持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で自説を開陳する。
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「もし触覚が線形で変化しているなら一〇五ミリ戦車砲の直撃が”いたっ”で済む私は、なにを触ってもほとんど感覚を得られないはず。でも、私の感じ方は下から三番目の魔法能力等級だった八歳の頃とあまり変わってない」
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「じゃあ、身体感覚は普通の人と変わらないのか」
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「”普通”がなんなのか自信はないけど、たぶんそう。熱いコーヒーは私にとっても熱い。火傷はしないけど」
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「それは良かった。わざわざ余計に歩いて専門店のコーヒーを差し出した甲斐がある」
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あそこでさりげなく差し出したコーヒーは会議室脇のエスプレッソマシンから汲んだやつではなく、基地外の売店に行って買ったものだ。別に味なんて判らなくてもいい。なんなら私も判らない。ただ、あの手の気取ったコーヒー店はたいてい紙カップが洗練されている。文字通り一味違う贈り物を持ってきた人間は好遇されやすい。
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だから、彼女が気まずそうに「ああ、そうなの、私、50%チョコレートより苦いものは好きじゃなくて」と答えても特になんとも思わなかった。「そう? じゃあ次はラテにするよ」と言ってみせる。「忘れずにスティックシュガーもつけてね」と彼女は微笑む。
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持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族について話す。
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「じゃあ、家族はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」
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「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。家族というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
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「ご両親とそのうち会ったりするつもりは?」
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「ええ、今回の件が終わったら会いにいくと思う。どこにいるかは知っているから」
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「妹さんとも?」
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「ええ、もちろん。あの子、今はだいぶ変わっちゃったけど、昔はなにもないようなところで転ぶような子だったから、心配で」
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彼女は持参の敷物をくるくると巻いて立ち上がった。視線はこちらに向いているので単に後片付けを先に済ませてたかったのだろう。
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「ご家族――メアリー大尉の一族の皆さんは今回の招集をどう思っているのかな」
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これはだいぶ攻めた質問のつもりだったが、予想に反して彼女はふふ、と微笑んだ。
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「実はアンケートをとったのよ。反対8、賛成10で、多数決なら賛成寄りだけど、一人の気を変えたら同数になっちゃう。それで、私そっちのけで議論しているんだって、一族全員でご飯を食べている写真が送られてきたの」
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「仲が良くてなによりだ」
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「ええ、本当に」
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カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする時のように思えた。
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「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃ありとあらゆるゴシップサイトが私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
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すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
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@ -282,7 +289,7 @@ tags: ['novel']
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長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、少尉の号令で近隣の街にてt現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
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長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、少尉の号令で近隣の街にて現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
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「どうでもいいよ、俺はここでこいつらを作って、売って、死ぬだけだね」
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胸に風通しのよさそうな大穴が空いた農夫は、我々に気前よくトウモロコシを提供した後につぶやいた。すでに一回死んでいそうだが、とあえてぶしつけな質問をしてみると農夫は意外にも怒らず、ただぶっきらぼうに答えた。
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「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んでも自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
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@ -349,8 +356,8 @@ tags: ['novel']
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六年前、一つの大国が引き裂かれた。あるいは、とっくにばらばらだったのかもしれない。二〇二四年に実施された大統領選挙において華々しく復活を果たしたドナルド・J・トランプ大統領は、さっそく公約通りに連邦議会の権限を大幅に縮小させる大統領令を下した。これにより彼は議会の承認を得ることなく世界最強の大国を動かす力を手に入れたのだった。
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だが、四年後の二〇二八年。絶大な権力を元手に行われるはずだった数々の改革や刷新はついぞ行われず、もっぱら自身にかけられていた容疑の赦免と莫大な借金の免除、関連企業の救済などに傾注していた彼は、選挙シーズンが来て初めて大統領選挙を廃止していなかったことに気がついた。まだ数字をいじりたい帳簿が山ほどあったのか、彼は「内敵より国家を守る決断」と称して事実上の独裁を宣言した。直後、生まれたての終身大統領はホワイトハウスから即刻追い出されることになる。ワシントンD.Cを挟むバージニア州およびメリーランド州政府が即座に離反を宣言したため、じきに南北から殺到するであろう州兵を前に居残る決断はできなかったようだ。
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実権を取り戻した連邦議会は直ちに満場一致で大統領の罷免を可決、新たな大統領が選出されてワシントンD.Cに首都を置く従来のアメリカ合衆国は原状復帰したかに思われた。ところが、いち早く新体制支持を表明したテキサス州に向かったトランプ元大統領は、そこで新たな国家の樹立を主張したのだった。
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だが、四年後の二〇二八年。絶大な権力を元手に行われるはずだった数々の改革や刷新はついぞ行われず、もっぱら自身にかけられていた容疑の赦免と莫大な借金の免除、関連企業の救済などに傾注していた彼は、選挙シーズンが来て初めて大統領選挙を廃止していなかったことに気がついた。まだ数字をいじりたい帳簿が山ほどあったのか、彼は「内敵より国家を守る決断」と称して事実上の独裁を宣言した。直後、生まれたての永世大統領(自称)はホワイトハウスから即刻追い出されることになる。ワシントンD.Cを挟むバージニア州およびメリーランド州政府が即座に離反を宣言したため、じきに南北から殺到するであろう州兵を前に居残る決断はできなかったようだ。
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実権を取り戻した連邦議会は直ちに満場一致で大統領の罷免を可決、新たな大統領が選出されてワシントンD.Cに首都を置く従来のアメリカ合衆国は原状復帰したかに思われた。ところが、いち早く新体制支持を表明したテキサス州に向かったトランプ元大統領は、そこで新たな国家の樹立を主張したのだった。なるべく長い方が箔が付くと考えたのか、建国年は最初にトランプ政権が成立した二〇一七年としている。
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かくして、旧アメリカ合衆国はワシントンDCを首都とする従来のアメリカ合衆国と、テキサス州ダラスを新たな首都とする新国家に分裂した。
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未承認国家TOA、その正式名称はトゥルース・オブ・アメリカ。二日酔いの後の悪夢みたいな馬鹿げた名前の新国家は、実際の武力行使を伴う現実として旧合衆国国民に選択を迫った。歴史的大移動――北から南へ、南から北へ――まもなく、白人至上主義者と陰謀論者の楽園が誕生した。
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一方、選択肢を持てなかった人間もいる。さしずめテキサス州防衛隊第一九連隊に所属していた州兵の私などはそうだっただろう。競技会で少々腕を鳴らす程度の州兵が、わずか数日の間にトゥルース・オブ・アメリカの陸軍大尉に命ぜられて一個中隊を率いることになったのだ。同日付でテキサス州防衛隊本部は国軍総司令本部に格上げされ、ビールの飲み過ぎで腹が出っ張った顔見知りの上官が准将閣下として召し上げられていった。
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@ -425,7 +432,7 @@ tags: ['novel']
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「そうだね。二人とも殺されちゃった。でもたぶん、肌が白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」
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飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。
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「だから、私がなにも変わらないようにしてあげた。たとえもうやめてくれとせがまれても、骨になって魂を失っても、絶対に変わることを許さない。ずっとここに閉じ込めて、変わる必要のない人生を与え続けるんだ」
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最強の姉を持つ最強の妹がアンデッドの国を作った理由は、ひどく迂遠な、あまりにも重く苦しい皮肉をまとった復讐だった。
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敵方の魔法少女は白人至上主義者の手駒などではなかった。むしろ国家を収奪せしめ、ひどく迂遠な、あまりにも重く苦しい皮肉をまとう復讐を行っていた。
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「でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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唯一、姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らは私に”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。そうしたら今度は奪いに来るの?」
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@ -531,14 +538,14 @@ tags: ['novel']
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激動の一年間が過ぎ去り、銀行口座がゲームのバグみたいな桁数に達した頃、私のプライベート用電話に一通のメッセージが届いた。座標と、一言。
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「スマートグラスはなし」
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激動の一年間が過ぎ去り、銀行口座の残高が当面の生活に困らない桁数に達した頃、私のプライベート用電話に一通のメッセージが届いた。座標と、ただ一言。
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「録画、録音、スマートグラス禁止」
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調べてみると、座標の指し示す先は南極大陸だった。もちろん普通ならこんな馬鹿げたメッセージは相手にしないが、私にはこの送り主に心当たりがあった。すぐさまヘリコプターと操縦手を手配して、翌週の講演会やイベント、取材の予定をすべてキャンセルした。
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現地に向かう道すがら、ふと気になってYoutubeのチャンネルを開いた。当時と比べるとサブスクライブ数は一〇〇〇分の一以下、SNSのフォロワー数はさらに減っていたが、動画の中の彼の調子に翳りは見られない。
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現地に向かう道すがら、ふと気になってSNSを開いた。全盛期と比べるとフォロワー数は一〇〇分の一以下に減っていたが、懲りずに全文大文字で投稿している彼の調子に翳りは見られない。ショート動画での投稿もお手の物だ。
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ドナルド・J・トランプ元TOA永世大統領。今年で御年八九歳になる。最先端のアンチエイジング手術を繰り返しているおかげで肌質は未だピチピチ、食事にもなにかと気を遣っているそぶりがうかがえる。語彙力はもともと小学三年生程度しかないので多少滑舌が悪ろうとも別段の差し支えはない。
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国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人Youtuberとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしに世界同時革命の緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。
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南極大陸のその座標には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がると、特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
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予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。
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国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人Youtuberとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしになんらかの緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。
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南極大陸のその座標には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がった途端、とてつもない暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
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予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。ただし、足首には今もなお枷が巻かれている。
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「あ、久しぶり。ちょっと偉そうな感じになったね。ここのところ引っ張りだこみたいじゃない」
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「おかげさまでね」
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答えつつも私の目線は彼女の両手にあるグラスにあった。これにツッコまないのは野暮だろう。
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@ -557,29 +564,31 @@ tags: ['novel']
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やや詰問気味の視線を姉の方に向けると釈明が返ってきた。
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「いや、私はちゃんと説明したつもりだけど」
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とても国家を手玉にとった人間同士の会話とは思えない。隅々にまで床暖房が行き届いた暖かい部屋の中で、カジュアルな服装に身を包んだ二人の姿はどこからどうみても長期休暇中の子どもそのものだ。実際、妹の方はすたすたと私の横を通り過ぎて冷蔵庫からジュースを手に取った。ついでに私にも一本くれた。
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「はい」
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「どうも?」
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ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったマウンテンデューは三十路すぎの男には少々重かった。
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「はい、どうぞ」
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「ど、どうも?」
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ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったエナジードリンクは三十路すぎの男には少々重かった。
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結論から言うと、二人の存在は合法になった。
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あの劇的な脱出劇の直後、慌てふためいた合衆国政府が即座にデフコン1を発動させるも、すでにストリーミング配信の内容を分析していた世界各国の有識者から「もはや核兵器が有効とも限らない」との強い制止がかかり、ひとまずは刺激を避けて交渉を行う計画が進んだ。これに対して、南極大陸の観測所に居座った彼女が要求した条件は次の通り。
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一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその家族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。三つ、この二つの条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。四つ、両者の魔法能力の消滅をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。四つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、あるいはその計画が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。
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数ヶ月に及ぶ議論の末、現存するすべての政府は彼女の要求を呑んだ。前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であるとの新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されてるんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMによるチェックシステムによって適宜フィルタリングされ”良識的”な人々の目に留まることなく電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
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一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその家族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。四つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる国家の国籍も保有せず、また、いかなる組織にも所属しない。五つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる係争にも関与しない。六つ、以上の条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。七つ、両者の魔法能力の消滅をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。八つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、あるいはその計画が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。
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半年以上に及ぶ議論の末、現存するすべての政府は彼女の要求を呑んだ。前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であるとの新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されてるんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMによるチェックシステムによって適宜フィルタリングされ”良識的”な人々の目に留まることなく電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
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一度、アイシャとサルマは国連と合衆国政府の承認を得てテキサスに飛んできたことがある。約束通り両親に会いに来たのだ。上空を幾多もの戦闘機が飛び回り、地上では一個大隊規模の軍隊と重戦車が往来する物々しい雰囲気に包まれていたが、名もなき暴徒に銃殺された二人の両親は、共同墓地の一角で静かに眠っている。これで復讐は済んだと言えるだろうか。
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「ほら、あれがそうよ」
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アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。
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アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。
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「今はどれくらい魔法が使えるんだ」
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「核兵器にギリ負けるくらい」
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「じゃあダメじゃないか」
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「そう。だから公言しないでよ。サルマから吸い取った魔法能力はだんだん抜けていっている」
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「逆に私は、戦闘機にギリ勝てるくらいにはなったかな」
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二杯目のマウンテンデューをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。
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二杯目のエナジードリンクをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。
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「ふうん、じゃあそのうち逆転するかもな。そうしたら今度は世界征服を狙ってみるか」
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オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をぱたぱたさせた。
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オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をばたつかせた。
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「いや、もう面倒だしいいかな。今はゲームをやってる方が楽しい。こっちならお姉ちゃんに負けないし」
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ひとまず世界滅亡の危機は去ったようだ。しかし今日のゲームにはふんだんにLLMや機械学習の産物が応用されていることはもうしばらく黙っておこう。
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法的手続きの守り方にも色々ある。最強の姉は秩序に逆らう手本を妹に見せてうまく納得せしめた。刃はなるべく鋭く研いで、使う時は一撃で終わらせないといけない。
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呼ばれたのでわざわざやってきたものの、歳と身分を越えた愛の告白とか、世界に変革をもたらす上位魔法世界からの招待状といった、奇想天外な新しい物語は紡がれそうになかった。どうやら本当に話し相手が欲しかっただけみたいだ。
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魔法少女二人との他愛もない雑談に応じつつも、私の頭には薄汚れた大人の計算が渦巻いていた。
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二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、その時に世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行えるだろうか?
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魔法能力は一八歳をピークに衰えていく。気まぐれな神が与えたもうた純粋な力だ。
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ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、蒼と紫と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。
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そのどれもが、仲睦まじく交わっているようにも、互いに反発して争っているようにも見える。
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色もトゥルースもフェイクも綯い交ぜになった、三十二ビットトゥルーカラーの世界。
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トゥルースもフェイクも色も綯い交ぜになった、三十二ビットトゥルーカラーの世界。
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