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2023-12-23 22:49:52 +09:00
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title: "キーボードのことだけ考えて眠る"
date: 2023-12-23T19:05:31+09:00
draft: true
tags: ['diary']
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物書きはキーボードにこだわる。文章を打つからだ。プログラマはキーボードにこだわる。コードを打つからだ。ゲーマもやはりキーボードにこだわる。敵を打つからだ。それらすべてに当てはまる僕も、もちろんキーボードにはそこそここだわってきた。
その昔、そう多いとは言えない稼ぎを元手にえいやと買ったLeopold FC660Cをずいぶん長く使ってきて、個人的にはこれこそが最高のキーボードだと思っていた。すなわち、矢印キーが付いた静電容量無接点キーボードこそが書き物によし、ゲームにもよしで攻守最強に違いない、との理屈である。
当時のキーボードの序列ははんだ付けを考慮しなければ極めてシンプルだった。最下位にメンブレンがあって、中間にメカニカル、最上位には永久の覇者たるHHKBとRealforce。今はメカニカルに甘んじている者もいずれはHHKBかRealforceを目指す。そういう世界観が築かれていた。すごいプログラマはだいたいHHKB、すごいプロゲーマはだいたいRealforceを使っている。シンプルで判りやすい価値基準だ。
僕が使っていたLeopold FC660Cはどちらの商品でもないが、中身は東プレ基盤で打ち心地はHHKBとほぼ変わらない。しかし余計なキーが多すぎるRealforceと、逆に矢印キーが足りないHHKBの隙間を埋める存在として密かに知られていた。なにしろこの配列は今でこそ「65キーボード」との通称で知られているものの、僕の知る限り当時はこの製品にしかなかったレイアウトだ。
当時のメカニカルでは満足できず、HHKBにもRealforceにも迎合できなかった僕にとってFC660CはまごうことなきEndgameキーボードであり続けた。今後もそうだろうと思っていた。今日のメカニカルキーボードが飛躍的な進歩を遂げていると知るまでは……。
## ホットスワップ、アルミニウム筐体、ガスケット構造
僕の知るメカニカルキーボードとは黒赤茶青の軸がそれぞれ存在していて、欲しい軸ごとにキーボードを買わなければならない代物だった。商品展開ははおおむねFLICOのMajestouch中心で、他にRazerやSteelSeriasなどのゲーミングデバイスメーカーが出している印象が強い。宣伝文句は立派でも数年使うとチャタリングを起こして買い替えになる。音はなんかカチャカチャと鳴る。そんな感じ。
だが今のメカニカルキーボードは違った。ホットスワップなる完全に未知のテクノロジーによってスイッチを取り替えることができる。無限に等しい寿命を持つ静電容量無接点方式に対して、交換可能性という武器を得て公然と逆襲を開始せしめたのだ。しかも交換するスイッチは違う種類でも構わない。いつでも気分次第で違った打ち心地を楽しめる。
実際のところは判らないが、この簡便なホットスワップ機構はキーボード関係業界の分業制、ないしは専門性をより高めたと考えられる。中核部品が容易に交換可能であれば、基盤は基盤、スイッチはスイッチ、キーキャップはキーキャップと独立した研究開発が行える。それぞれの製品を別々に売り出しても顧客が勝手に組み合わせてくれる。
以前にもカスタムキーボードの概念はもちろん存在していて、その先駆者たちが長さ3メートルのはんだごてを駆使して万里の長城の端と端を繋ぎ合わせていたのは言うまでもない歴史的事実だが、その他大勢にとって工具要らずの組立作業は明らかに安全でハードルが低く、他ならぬ僕もその一人であった。
そうして顧客の需要を掴み取った業界がより工夫を凝らした新製品を次々と投入できるのは毛沢東も認めざるをえない競争原理に他ならず、天安門広場から割とけっこう離れた深センの工場では数多くのキーボードメーカーの工場が日夜ありとあらゆる種類の部品を作り続けているのである。
そのうちの一台――Keychron Q2 Proという――が、先々週、家に届いた。削り出しアルミニウムのリッチでエレガントな筐体、有線・無線両対応にして豊富なイルミネーションを備えたバックライト機能、打ち心地を高めるべく筐体内に実装されたダブル・ガスケット構造、潤滑液が予め塗られた高品質なメカニカルスイッチ……。
そのなめらかな感触はまるでシルクを奏でているようでもあり、そうして放たれた高貴な打鍵音はさながら糖衣をまとっているようであった。これと比べたら10年前に作られた静電容量無接点方式などはまるで石を穿っているようである。こうしてはいられない、すぐさま2台目を作らなければ、と直感するのにそう時間はかからなかった。キーボードを打つ場所は自宅だけに限らない。
してみると、どうやら僕が見ていたカスタムキーボードの世界は万里の長城の一里分にも満たないようだった。なにしろ僕が初手で組んだキーボードは基盤がKeychron、スイッチもKeychron、キーキャップもKeychronで、つまるところヨドバシでも手に入る超有名企業の鉄板構成を踏襲したに過ぎなかった。外側にはもっと広い世界が広がっていたのだ。
## KBDfan、Kprepblic、Domikey、プレート、PCB
カスタムキーボード愛好家の需要に応えるWebサイトは無数に存在していた。ありとあらゆるWebサイトではありとあらゆるキーキャップが売られており、Webサイトが独自で企画した自作キットも作られ、どれもが割と早いうちに売り切れて終売していく。当然、時機を逃せば二度と手に入らないものも珍しくはない。
ホットスワップ機構のおかげで飛躍的に楽になったとはいえ、曲がりなりにも顧客が組み立てられなければならない商品の部品が平気で100ドル、200ドルの桁を刻んで並べられている。やれPBTだダブルショットだと言っても所詮は樹脂の塊に過ぎないキーキャップが、それ単体で150ドルする。
とんでもない世界に足を踏み入れたものだ、と萎えかけた意欲も優れたデザイン性を持った商品群を見ていくうちにだんだん感覚が鈍麻してきて、確かに100ドルくらいはするかもしれん、むしろ良い仕事をしているのでは、などとうっかり順応しそうになってくる。基盤、と一口に言ってもプレートやらPCBやら、とにかく選べる選択肢の幅が広い。