4話から
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@ -94,80 +94,80 @@ HID6は顔を傾けて意味ありげに微笑んだ。
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示された目的地に着くには固形の海の上を渡っていかなければならない。白く濁った平面に足を下ろす際、重心を後ろに引いておく。地質の変化を恐れる年月ではないが、度々の気温上昇で塩の層が脆弱化しているかもしれない。片足で強く踏みつけ、安全を確かめてからそっと乗り移る。
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大丈夫そうだ。
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心配は杞憂に終わり、一時間歩いても塩の地面が揺らぐことはなかった。してみると、これほど巨大な積層はどうやってできたのか思いが巡る。
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気象災害が引き起こされた原因は地殻変動だとも小惑星の衝突だとも、あるいは化学兵器を交えた世界大戦だとも言われている。情報体の人々の間でも結論は出ていない。ある日突然に始まって、終わった。塩の層に関しては急速に冷えて分離した塩分が凝固してできたものと推測されている。だとすれば、その時の地上はどんな生き物にとっても致命的だったに違いない。こうして幾度となく外に顔を出しても「地上人」や「新人類」と出くわさないのは、少々つまらないもののとりあえず安心ではある。マンガや映画通りなら、きっと僕たちを憎むか軽蔑しているだろうから。
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世界が終わる、たぶん何日か、何週間か前。僕は両親に連れられてシェルターにやってきた。二人とも途中でなにが起こってもおかしくないと用心に用心を重ねていたが、幸いにも暴徒や銃弾は車に向かわず全員とも無事だった。しかし、家族全員のチェンバー殻があると期待していた両親に対して会社が提示したのは、情報体に移行可能なのは株主当人のみ、つまり父一人だけという動かぬ事実だった。
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父と母は一回か二回、互いに目配せをした……それは記憶に残っている。直後、僕は有無を言わさずチェンバー殻に押し込められ、長い長い眠りについた。後で情報体の僕に聞かされた話によると、両親はその場で死を選んだ。死ぬことによって持ち株を僕に相続させ、同時に情報体として生き続ける権利をも移譲したのである。まるで絵に描いたような感動ストーリーだ。泣いてくれる全米はもうない。ここからの眺めはどこまでも無表情だ。
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だがそんな愛すべき両親とて、数百年後に息子の自我が増えて片方が娘になっているとは思わないだろう。もし二人が生き返ったらきっと、自分の子どもだと見なすのは僕の方だ。あの時から見た目も中身もほとんど変わっていない。でも、法的には彼女に正当な権利が認められるという。裁判所も法律も消滅したおかげでこのことをあまり深く考えずに済んでいるのが嬉しい。
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太陽が頭上を通り過ぎて傾きかけた頃、ようやく濁った白ではない色の地面に足が届いた。かつて、この辺りの湾岸地帯には建造物が多かった。石造りの建物は数百年経っても簡単には風化せず、条件次第では地下に資材を蓄えている場合がある。崩れた家屋らしき外壁と周囲の状況から、それと見込んだ地点の瓦礫の塊に向けて電動銃を撃ち放つ。慣れていないので射撃と同時にひっくり返りそうにあったが、期待通りに遮蔽物が一層されてマンホールが現れた。蓋をこじ開けた先には簡素なはしごも見える。
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距離はさほどでもないのに下まで降りるのにはずいぶん手間がかかった。電動銃のライトを前方に照らすと、朽ちた棚が左右一列に続く保管庫らしき空間が浮かんだ。しっかりしていそうでも、国家や立派な組織が作るほど大層な代物ではない。金持ちで心配性の人が拵えた設備だろう。棚からこぼれ落ちたいかめしい銃器の数々は、どれも先端が折れ曲がっていたり錆びついていたりした。持ち主には使う暇がなかったようだ。
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目的の物品はここではなく鉄扉で隔たれたさらに奥にあった。鉛の容器の中に収められていた「納品物」は会議通りなら劣化ウラン弾ということになる。しかし弾丸としては使いものにならないらしい。スクリーンには内部に含まれているウラン238が目立てだと記されていた。さっそく、銃を脇に置いて容器から持てる分の劣化ウラン弾を包みごと慎重に取り出していく。
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示された目的地に着くには固形の海の上を渡っていかなければならない。濁った白の平面に足を下ろす際、重心を後ろに引いておく。地質の変化を恐れる年月ではないが、塩の層が脆弱化しないとは言い切れない。片足で強く踏みつけ、安全を確かめてからそっと乗り移る。
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心配は杞憂に終わり、一時間歩いても塩の地面が揺らぐことはなかった。それにしても、これほど巨大な積層がどうやってできたのかいつ来ても不思議に思う。
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気象災害が引き起こされた要因は地殻変動だとも小惑星の衝突だとも、はたまた化学兵器を交えた世界大戦だとも言われている。情報体の人々の間でも結論は出ていない。ある日突然に始まって、終わった。塩の層に関しては急速に冷えて分離した塩分が凝固してできたものと考えられている。だとすれば、その時の地上はあらゆる生き物にとって恐ろしく過酷だったに違いない。こうして幾度となく外に顔を出しても「地上人」や「新人類」みたいなのと出くわさないのは、少々つまらないもののとりあえず安心ではある。マンガや映画通りなら、きっと僕たちを憎むか軽蔑しているだろうから。
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世界が終わる、たぶん何日か、何週間か前。僕はパパとママに連れられてシェルターにやってきた。二人とも途中でなにが起こってもおかしくないと用心に用心を重ねていたが、幸いにも暴徒や銃弾は僕たちの車には向かわず全員とも無事だった。しかし、家族全員のチェンバー殻があると期待していた僕たちに対して会社が提示したのは、情報体に移行可能なのは株主当人のみ、つまりパパ一人だけという動かぬ事実だった。
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パパとママは一回か二回、互いに目配せをした……それは記憶に残っている。直後、僕は有無を言わさずチェンバー殻に押し込められ、長い長い眠りの中に閉じ込められた。もちろん、そう思っているのはこの僕であって、情報化した彼女の方は一部始終を知っている。後で聞かされた話によると、両親はその場で死を選んだ。死ぬことによって持ち株を彼女に相続させ、同時に情報体として生き続ける権利をも移譲したのである。まるで絵に描いたような感動ストーリーだ。泣いてくれる全米はもうないけど。
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だが、そんな愛すべき両親とて、数百年後に息子の自我が増えて片方が娘になっているとは思わないだろう。もし二人が生き返ったらきっと、自分の子どもだと見なすのは僕の方だ。なんせあの時から見た目も中身もほとんど変わっていない。でも、法的には彼女に正当な権利が認められるらしい。裁判所も法律も消滅したおかげでこのことをあまり深く考えずに済んでいるのが嬉しい。
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太陽が頭上を通り過ぎて傾きかけた頃、ようやく乳白色ではない色の地面に足が届いた。かつて、この辺りには建造物が特に多かった。石造りの建物は数百年経っても簡単には風化せず、条件次第では地下に資源を蓄えている場合がある。崩れた家屋らしき外壁と周囲の状況から、それと見込んだ地点の瓦礫の塊に向けて電動銃を撃ち放つ。射撃と同時にひっくり返りそうになったが、期待通りに遮蔽物が一掃されてマンホールが現れた。蓋をこじ開けた先には簡素なはしごも見える。
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距離はさほどでもないのに下まで降りるのにはずいぶん手間がかかった。電動銃のライトを前方に照らすと、朽ちた棚が左右に並ぶ保管庫らしき空間が浮かんだ。一見しっかりしていそうでも、国家や大組織が作るほど立派な代物ではない。金持ちで心配性の人が趣味で拵えた設備かもしれない。棚からこぼれ落ちたいかめしい銃器の数々は、どれもひしゃげていたり錆びついていたりした。
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目的の物品はここではなく鉄扉で隔たれたさらに奥にあった。鉛の容器の中に収められていた「納品物」は会議通りなら劣化ウラン弾ということになる。他のインターフェイスが別の仕事中に見つけて隠しておいた代物だ。しかし弾丸としては使いものにならないらしい。スクリーンには内部に含まれているウラン238が目当てだと記されていた。さっそく、銃を脇に置いて容器から持てる分の劣化ウラン弾を包みごと慎重に取り出していく。
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「おい」
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背嚢を埋め尽くすのに十分な量を収めたところで、背後から声がかかった。作業に集中するあまり耳が遠くなっていたのかもしれない。振り返ると胸に『HID39』と印字された標準入力インターフェイスが立っていた。どういうわけか作業服の色が違う。僕たちはみんなオレンジの服を着ているのに、彼はブルーだ。
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「あ、もしかして君もこれを集めにきたの?」
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もしそうなら、大いに納得できる。僕ひとりでは運びきれない状況を見越して複数のインターフェイスに仕事が割り振られていたのだ。そそくさと背嚢を抱えて部屋の隅にずれ、手招きして回収を勧めた。だが、HID39の視線は僕から動かなかった。そのまま背中の背嚢をどすんと強く下ろして口を開く。彼の背嚢は大きくて丈夫な金属製だった。
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もしそうなら、大いに納得できる。僕ひとりでは運びきれない状況を見越して複数のインターフェイスに仕事が割り振られていたのだ。そそくさと背嚢を抱えて部屋の隅にずれ、手招きして回収を勧めた。だが、HID39は視線を僕から外さない。そのまま背嚢をどすんと強く下ろして口を開く。彼の背嚢は大きくて丈夫な金属製だった。
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「おれはそこにあるすべての劣化ウラン弾を回収しろと指示されてきた」
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「すべて? そこにある量では足りない?」
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「ああ、お前が背嚢に入れた分も含めて、全部だ。とっととよこせ」
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HID6ほどではないにせよ、自分よりずっと背が高くがっしりした成人男性の身体が一歩前に迫った。
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HID6ほどではないにせよ、自分よりずっと背が高くがっしりした肉体が一歩前に迫った。
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ここへきて僕はようやく自分が脅されているのだと悟った。なるべく顔に不満を表さないようにして笑みを浮かべつつ、じりじりと後ずさる。
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「えーと、それは、その、勘弁してほしいな。こっちも同じ仕事で来ているんだ」
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「おれの知ったことじゃない。規定量を納品できなければ勤務査定に影響が出る」
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相手がさらに一歩踏み出したので、僕も同じ距離だけまた後ろに下がる。声はもう震えだしていた。
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「それは、お互い様じゃないか――そうだ、どうだろう。ここは一つ、半々で分け合ってそれで全部だったという話にするのは――」
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HID39は会話を続けるのが嫌になったのか、とうとう手に持った電動銃を突きつけてきた。コンクリートを容易に打ち砕くほどのエネルギーの塊をぶつけられたら、即死だ。
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HID39は会話を続けるのが嫌になったのか、とうとう手に持った電動銃を突きつけてきた。コンクリートをも容易に撃ち砕くエネルギーの塊をぶつけられたら、即死だ。
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「無事に帰りたければ今回の勤務査定は諦めるんだな」
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結局、背嚢に詰めたばかりの劣化ウラン弾がまんまと移し替えられるまで、身じろぎ一つできなかった。電動銃は数歩踏み出せば手が届く距離に転がっているが、僕にとっては地平線の彼方よりも遠い。
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「ねえ、ちょっと」
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用を済ませるやいにゃろくな口も利かずに踵を返した彼に、震えきった声で尋ねた。
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用を済ませるやいなや口も利かずに踵を返した彼に、震えきった声で尋ねた。
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「こんなこと、これまで一度もなかった。どうやって報告したらいい」
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彼は顔半分だけ振り返ってぼそりと答えた。やや粗野な顔つきの口元に笑みが宿る。
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彼は顔半分だけ振り返ってぼそりと答えた。やや粗野な顔つきの口元に皮肉な笑みが宿る。
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「そのまま報告してみろ。何事も慣れだ」
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最後に命じられた「しばらくマンホールから出るな」という指示を守って空虚な部屋に佇んでいると、とてつもなくやりきれない気持ちになった。地下で人肌に温められたぬるい空気に独り言が漂う。
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「汎用的ソリューションって、確かにそうだな」
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中身がほとんど空の背嚢を背負っているせいで身のこなしが軽い。日が沈むまでの時間はありすぎて困るほどだ。あてどなく探して運良く他の劣化ウラン弾が見つかる幸運などあるはずもなく、今回の勤務査定が最低で終わると確定したからにはせめて趣味を楽しまないといけない。
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地上と地上を結ぶ凝固した海の中間点、四方八方が見渡すかぎり濁った白の平面上で、一心不乱に塩を削いだ。手に力が籠もりすぎているせいか、どんな塊も意味を持つ前に細切れと化してしまう。言うまでもなく、僕はいらついている。身体が未熟だから金属製の背嚢を背負うような大変そうな仕事を任せてもらえないし、僕の作った塩の彫刻は一度も彼女に理解されたことがない。同じ仕事を何十回と繰り返して、自分が土いじりにしか向いていないと信じるのには嫌気が差していた。
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地上と地上を結ぶ凝固した海の中間点、四方八方が見渡すかぎり濁った白の平面上で、一心不乱に塩を削いだ。手に力がかかりすぎているせいか、どんな塊も意味を持つ前に細切れと化してしまう。言うまでもなく、僕はいらついている。単に納品物を奪われたからではない。身体が未熟だから金属製の背嚢を背負うような大変そうな仕事を任せてもらえないし、有り余った時間で作った彫刻はどうせ誰にも理解されない。僕自身ですら分からずに彫っているのだから無理もない。同じ仕事を何十回と繰り返して、自分が土いじりにしか向いていないと信じるのには嫌気が差していた。
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気がつくと濃い橙色の光に照らされて塩の地面に火が灯ったかのような光景が広がっていた。まるでろうそくみたいだと思った。手には塩を削るナイフと同じくらい、いや、それよりも鋭い鏃に似た彫刻ができていた。
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せめて日が落ちる前には帰らないといけない。
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シェルターからほどよく離れた地点にはソーラーパネルが点々と並ぶ。どれも強い日差しを受けて輝いていた。
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シェルターに戻ると、のろのろと切断処理を始める。モーニングルーティーンの逆を行うのだ。最後に待ち受ける「勤務査定」――ディスプレイ上には〝性能評価〟と記されているが――は、納品物がないため当然ながら最低のD評価だった。イヤホンを耳にくっつけて、まずは彼女の言葉を待つ。
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〝おや、今回は残念ですね。納品物が見当たらなかったのでしょうか。まあ、そういう日もありますよ〟
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シェルターからほどよく離れた地点にはソーラーパネルがまばらに並ぶ。どれも強い日差しを一身に受けて輝いている。
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中に戻ると、のろのろと切断処理を始めた。モーニングルーティーンの逆を行うのだ。最後に待ち受ける「勤務査定」――スクリーン上には〝性能評価〟と記されているが――は、納品物がないため当然ながら最低のD評価だった。イヤホンを耳にくっつけて、まずは彼女の言葉を待つ。
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〝あらまあ、今回は残念ですね。納品物が見当たらなかったのでしょうか。まあ、そういう日もありますよ〟
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「いや、見つかったし持ち帰るはずだったんだ」
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口を開いた途端、味わった恐怖がたちどころに怒りに兌換されてどんどん語気が強まった。
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「そいつはブルーの作業着を着ていた。どういうことなんだ。他のインターフェイスのものを奪うなんていけないんじゃないのか。D評価は僕のせいじゃない。そいつのせいだ」
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イヤホンの向こう側でしばらく沈黙が続いた。齢五〇〇歳くらいの彼女にしては珍しい。やがて、意を決したような低いトーンで話しはじめた。
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〝分かりました。ちゃんと説明しましょう〟
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天井のラインが光り、モノクロスクリーンが性能評価画面から遷移して周辺の地図が描き出される。それ自体は会議のたびに見ているものだったが、いつもより縮尺が格段に広く、陸地がいくつもの線で細かく区分けされていた。
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イヤホンの向こう側でしばらく沈黙が続いた。齢五〇〇歳くらいの彼女にしては珍しい。やがて、意を決したように話しはじめた。
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〝ごめんなさい、ちゃんと話しておくべきでしたね。今から説明します〟
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天井のラインがぱちぱちと光り、性能評価画面から遷移して周辺の地図が描き出される。それ自体は会議のたびに見ているものだったが、いつもより縮尺が格段に広く、陸地がいくつもの線で細かく区分けされていた。
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「これは……」
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〝勢力図です。私たちの、我が社のものと、競合他社のです〟
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よく見ると下の方に僕たちのシェルターを中心とする領域もあった。他の領域と比べると面積が狭い。
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このシェルターが会社の持ち物で、情報体の人々が株主ないしは技術者だというのも知っていた。他のシェルターも似たりよったりの仕組みで動いているのは間違いない。こうした巨大な建造物や組織は僕が生まれるずっと前には国が担っていたそうだが、今ではどこも会社がやっている。学校も会社、警察も会社、軍隊も会社、政府が会社の国もあった。当時、働いたことのない一四歳の僕にはそれが良い話なのかよく分からなかった。今もよく分からない。ただ、両親がたまに不満を漏らしていたのは覚えている。
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〝最初の遭遇はおよそ三〇〇年前です。どの競合他社も情報体を生体脳に戻す技術を開発できず、我が社と同様に元の肉体を標準入力インターフェイスとして活用していました。その時、各社が横並びの状況にあると初めて認識できたのです。現在の法解釈ではインターフェイスは操作盤であって人間ではないため、競争の過程で破損を伴う入力を加えても重罪には問われません。権益を確保して、然るべき利潤を得た後に補償を提供しても割に合うとの考えなのでしょう。むろん、我が社も同様の方針です〟
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よく見ると下の方に僕たちのシェルターを中心とする領域もあった。他のと比べると面積が若干狭い。
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このシェルターが会社の施設で、情報体の人々が株主か技術者だということは知っていた。他のシェルターも同様の仕組みで動いている。こうした巨大な建造物や組織は僕が生まれるずっと前には国が担っていたそうだが、僕の時代ではどこも会社がやっていた。学校も会社、警察も会社、軍隊も会社、政府が会社の国もあった。働いたことのない一四歳の身にはそれが良い話なのかよく分からなかった。今もよく分からない。ただ、パパもママもたまに不満を漏らしていたのは覚えている。
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〝最初の遭遇は同時多発的だったので不正確ですが、およそ二〇〇年ほど前でした。どの競合他社も情報体を生体脳に戻す技術を開発できず、我が社と同様に元の肉体を標準入力インターフェイスとして活用していました。その時、各社が横並びの状況にあると初めて認識できたのです。現在の法解釈ではインターフェイスは操作盤であって人間ではないため、競争の過程で破損を伴う入力を加えても重罪には問われません。権益を確保して、然るべき利潤を得た後に補償を提供しても割に合うとの考えなのでしょう。むろん、我が社も同様の方針です〟
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僕はすぐには納得できずに声を張り上げた。
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「競合他社といっても同じ人類じゃないか。協力しあえないのか」
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「競合他社といっても君らは同じ人類じゃないか。協力できないのか」
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〝増産できず減る一方の資源を収集するしかない現状では、難しいですね。株主総会でも稀にそういった提起がなされますが〟
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そこで彼女は揶揄するように声色を変えた。
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〝毎回否決されています。私も株主ですが会社全体の意思決定には従わざるをえません。こんなご時世では、他に行くあてもないですからね〟
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つまり、僕と同じく標準入力インターフェイスの番号を宿したブルーの彼は、インターフェイスとしてはむしろ忠実だったと言える。下手な譲歩にも乗らず徹底的に資源を奪い尽くした。のみならず、余計なコストも削減した。肉体的に劣っていて、反撃しそうにもない相手には電動銃一発分の電力さえ惜しいというわけだ。
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一度は滅入った気分がめらめらと燃え上がるのを感じた。
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〝しかし、今後は心配いりませんよ。今回の件は私の誤りでした。あの地点は我が社の領域の周縁部からもそれなりに遠く、内容に問題はないと考えていましたが、次はもっと適性に合う入力を心がけます〟
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〝しかし、今後は心配いりませんよ。今回の件は私の誤りです。あの地点は我が社の領域の周縁部からもそれなりに遠く、内容に問題はないと考えていました。次回からはもっと適性に合う入力を心がけます〟
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「いいや」
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反射的に、僕は背負っていた背嚢をひっくり返して中身を床にぶちまけた。そこから例の塩の鏃を拾い上げて高々と掲げる。天井のラインが不規則に点滅した。
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「さっき言い忘れたことがあった。僕はこれでそいつにやり返してやったんだ。本物のナイフより隠しやすいからね。だいぶ深くえぐったから、もしかすると途中で死んだかもしれない! そうしたら、僕たちは損をしたけど、相手の会社にはもっと損をさせたことになる。そうじゃないか?」
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歯の隙間から絞り出すように否定する。
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僕は背嚢をひっくり返して中身を床にぶちまけた。そこから例の塩の鏃を拾い上げて高々と掲げる。天井のラインが不規則に点滅した。
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「さっき言い忘れていたことがあった。僕はこれでそいつにやり返してやったんだ。本物のナイフより隠しやすいからね。だいぶ深くえぐったから、もしかすると途中で死んだかもしれない! そうしたら、僕たちは損をしたけど、相手の会社にはもっと損をさせたことになる。そうじゃないか?」
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勢いよくまくしたてて息まで切らした僕に、彼女が珍しく気圧されたふうに答えた。
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〝……それはなあ、そうですね〟
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「だから僕にだって適性があるんだよ。もっと遠くに行かせてくれよ。世の中が――といってもシェルターと塩だけの世界だけど――そんなことになってるなんて知らなかった。なにも知らないまま土いじりだけして生きるなんてごめんだ。僕の可能性を信じてくれ!」
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〝……それはまあ、そうですね〟
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「だから僕にだって適性があるんだよ。もっと遠くに行かせてくれよ。世の中が――といってもシェルターと塩だけの世界だけど――そんなことになってるなんて知らなかった。なにも知らないまま土いじりだけして生きるなんてごめんだ。僕の可能性を信じてよ!」
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いつしか僕は二三年前に巨体の同僚が発した言葉をそのままなぞってしゃべっていた。話したことは完全に作り話だが、気持ちは本当だ。嘘偽りのない嘘だ。
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〝私としては気が進みません。もっと頃合いを待つつもりでした。その肉体は未発達で、高度かつ複雑な入力に耐えられる仕様ではありません〟
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「今は僕が使っている身体だ。君らユーザが知らない感覚だって分かっている」
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あくまで意地を張っていると、ついにイヤホン越しの声が妥協を示した。
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〝そこまで言うならいいでしょう。適性の修正を申請してみます。ですが、結果は私の一存で決まるわけではありません。いいですね〟
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僕はいつもより大股開きでチェンバー殻に向かった。言ってやったぞという気持ちだった。僕たちは競争しているんだ。より難しい仕事をしなければ世界から置いてけぼりを食ってしまう。そしていつか無知なまま死ぬ。ブルーの作業着を着た競合他社のHID39はその気になれば簡単に僕を殺せた。
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〝私としては気が進みません。もっと頃合いを待つつもりでした。現在のあなたは肉体的にも精神的にも未発達で、高度かつ複雑な入力に耐えられる仕様ではありません〟
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「僕になにができないか勝手に決めないでくれ! さもないと――」
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咄嗟に、塩の鏃を逆手に握って自分の首筋に向かって振り下ろす仕草をした。目にも止まらぬ速度で天井のラインが明滅する。すると、ついに彼女が妥協を示した。
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〝待ってください。分かりました。限りある資源を無駄にしてはなりません。適性の修正を申請します。ですが、結果は私の一存で決まるわけではありません。いいですね〟
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僕はいつもより大股開きでチェンバー殻に向かった。心臓が弾みすぎて痛い。やってやったぞという気持ちだった。僕たちは競争しているんだ。より大変な仕事をしなければ世界から置いてけぼりを食ってしまう。そしていつか無知なまま死ぬ。ブルーの作業服を着た競合他社のHID39は、その気になれば簡単に僕を殺せた。
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興奮が全身に滾るなか脱衣も忘れて殻に入ると即座にアラートが鳴り、正常に冷凍が行えない旨の警告が表示されたので急いで来た道を戻る羽目になった。
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4
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4xx
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解凍されて殻から這い出ると、目の前に山のような巨体がそびえていた。モーニングルーティーンにはない出来事だったので思わず立ち止まる。頭上から聞き覚えのある野太い声が降り注いで、ようやくそれがHID6だと分かった。
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「よお」
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