2話まで校正
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土や砂の詰まった容器でいっぱいになった背嚢を下ろすと、僕はいつもの場所に腰を落ち着けた。天を突くほどの巨大ビルがそびえていたという島も、世界でもっとも栄えていたとされる湾岸の街並みも、今では等しく時間の圧力に押しつぶされて瓦礫の山と化している。遠目に見える半身の立像――かつて自由を讃えていたという――だけがこの辺りで唯一、垂直に建っていると言える建物だ。
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この前に来た時よりも少し暖かくなっていたおかげか、そこそこ長い距離を往復した割にさほど疲労感はなかった。曇ガラスに似た平らな地面を手でさすりながら、手頃な位置にナイフを突き刺して切り取る。この身体ではずいぶん手間取るが暇はたっぷりある。そうして得た塊からこぼれ落ちた破片を口に含む。
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しょっぱい。
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しかしミネラルと塩分の摂取にはずいぶん都合が良い。なぜならこれは塩そのものだからだ。
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地平線の彼方まで広がるこの平面は海の一部だった。大昔、人類に降りかかった気象災害により海水が凍結、凝固し、空を覆い尽くした分厚い雲によって封じ込められ、長い長い年月を経て巨大な塩の結晶の層ができあがった。歩こうと思えばこのままずっと先まで歩いていける気がする。どこかで塩の層が途切れて水の海に出会えるのかもしれないし、延々と歩いた先に別の島か大陸が顔を出すのかもしれない。仕事として与えられていない以上、そんな長丁場の寄り道は決してできないがこの白く濁った表面は僕を特別な気持ちにさせてくれる。
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気持ちが高まっているとよく手が動く。さっきまでは表情のない立方体でしかなかった塩の塊が、ナイフの切っ先で削られるごとに意味を持つ。四足の動物を連想させる時もあれば、人間に変わることもある。まるで生物の進化を表しているみたいだ。最初の生命もミネラルと塩と水から生まれたのだった。
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高く昇った太陽が傾いで地平線の彼方に隠れはじめた頃、僕の衝動はすっかり満たされて手元にはなんとも形容しがたい物体が残る。勤務査定を考えるとそろそろ帰宅しなければならない頃合いだ。現に勤務地の方角が同じだったらしい同僚が一人、塩の地面をのしのしと歩いてやってきた。
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土や砂の詰まった容器でいっぱいになった背嚢を下ろすと、僕はいつもの場所に腰を落ち着けた。天を突くほどの巨大ビルがそびえていたという島も、世界でもっとも栄えていたとされる湾岸の街並みも、今では等しく時間の圧力に押しつぶされて瓦礫の山と化している。遠目に見える半身の立像――かつて自由を讃えていたという――だけがこの辺りで唯一、まともに建っていると言える建物だ。
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この前に来た時よりも少し暖かくなっていたおかげか、そこそこ長い距離を往復した割にさほど疲労感はなかった。乳白色の平らな地面を手でさすりながら、手頃な位置にナイフを突き刺して切り取る。力がないだけにずいぶん手間取るが、暇はたっぷりある。そうして得た塊からこぼれ落ちた破片を口に含む。しょっぱい。
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しかし、ミネラルと塩分の摂取にはとても都合が良い。なぜならこれは塩そのものだからだ。
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地平線の彼方まで広がるこの平面はかつて海の一部だった。大昔、人類に降りかかった気象災害により海水が凍結、凝固し、空を覆い尽くした分厚い雲によって封じ込められ、長い長い年月を経て巨大な塩の結晶の層ができあがった。歩こうと思えばこのままずっと先まで歩いていける気がする。どこかで塩の層が途切れて水の海に出会えるのかもしれないし、延々と歩いた先に別の島か大陸が顔を出すのかもしれない。仕事として与えられていない以上、そんな長丁場の寄り道は決してできないがこの白く濁った表面は僕を特別な気分にさせてくれる。
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気持ちが高まっているとよく手が動く。さっきまでは表情のない立方体でしかなかった塩の塊が、ナイフの切っ先で削られるごとに意味を持つ。四足の動物を連想させる時もあれば、人間っぽい形に変わることもある。まるで進化の過程を表しているみたいだ。最初の生命もミネラルと塩と水から生まれたのだった。
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高く昇った太陽が傾いで地平線の向こう側に隠れはじめた頃、僕の衝動はすっかり満たされて手元にはなんとも形容しがたい物体が残る。勤務査定を考えるとそろそろ帰宅しなければならない時間だ。現に勤務地の方角が同じだったらしい同僚が一人、塩の地面をのしのしと歩いてやってきた。
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「まだやっているのか、飽きないもんだな」
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「早く帰ってもどうせ寝るだけだからね」
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『HID6』と右胸に印字された作業服を着た同僚が、隆々とした肉体の全部を駆使して呆れた様子を表現する。体格に優れる彼に与えられる仕事はいかにも大変そうで、背嚢は特別に大きく固い金属製でできている。手には大型の電動銃。僕たちは常に武器の携行を命じられているが、邪魔な瓦礫や道を塞ぐ岩などを砕くにはもっと小さいものでも事足りる。
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『HID6』と右胸に印字された作業服を着た同僚が、隆々とした肉体の全部を駆使して呆れた様子を表現する。体格に優れる彼に与えられる仕事はいかにも大変そうで、背嚢は特別に大きく固い金属でできている。手には大型の電動銃。僕たちは常に武器の携行を命じられているが、邪魔な瓦礫や道を塞ぐ岩などを砕くにはもっと小さいものでも事足りる。
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「そんなに大きいのなんて使い道あるの」
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HID6は顔を傾けて意味ありげに微笑んだ。
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「使おうと思えばな」
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そう言いつつ、巨体の主が隣に座り込んだ。
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そう言いつつ、巨体の主が隣に座り込む。
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「今日はどこまで行ってきたんだ」
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塩の平面の向こうを指差す。
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「あの辺りの対岸まで。片道二時間くらいかな」
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塩の平面上にうっすらと浮かぶ対岸を指差す。
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「あの辺りまで。片道二時間くらいかな」
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「そうか。土いじり専門だったなお前は」
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おそらく悪気はないにせよ、それでもどことなく軽んじられた気配がしたので声を強めて反論する。
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おそらく悪気はないにせよ、どことなく軽んじられた気配がしたので声を強めて反論する。
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「地質調査だよ。土いじりなんかじゃない。センサじゃ分からないようなことだって分かるんだ。大抵は花崗岩と閃緑岩の見分けだってつかない」
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「分かった、悪かったよ。だめだとは言ってねえよ。ただな……」
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言いかけたところで、彼は彼で時間が迫っていたらしい。のそりと立ち上がってつぶやく。「色々な可能性を探ってみろ。まだ若いんだから」
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相変わらず勝手気ままな調子で手を振って去っていく彼の姿が見えなくなってから、僕も造形した塩の塊を背嚢にしまって立ち上がった。最後にもう一度、夕陽の強い光に照らされた固形の海面を眺める。
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相変わらず勝手気ままな調子で手を振って去っていく同僚の姿が見えなくなってから、僕も造形した塩の塊を背嚢にしまって立ち上がった。最後にもう一度、夕陽の強い光に照らされた固形の海面を眺める。
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こんな暮らしにも可能性とやらがあるといいけど。
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徒歩にして約三〇分の地点に着くと、どこかに露出しているのであろう地上のセンサが反応して石畳がめくれ上がった。突如現れた長い下り階段を降りていき、重くて固そうな扉に突き当たる。少し待っていると勝手に開く。
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後は流れ作業だ。すれ違うにも困難な細い通路を渡り、規定の手続きに従って〝納品物〟を提出する。スキャナに続くカーゴに集めてきた鉱石を入れると、奥手に回転して壁の向こう側にしまい込まれる。
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施設のどこにも一様に引かれた天井のラインが鈍く光る。壁面に投影されたモノクロスクリーンに映し出された評価は、今回もB。見る前から結果は分かっていた。適切な納品物を持って日が落ちるまでに帰ればB評価が確定する。A評価は一度も取ったことがないが、特に問題は起こっていない。
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最後に、次の仕事の申請を出す。ざっくりとした希望なので具体的な内容は次回に知らされる。
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徒歩にして約三〇分の地点に着くと、どこかに露出しているのであろう地上のセンサが反応して石畳がめくれ上がった。突如現れた長い下り階段を降りていき、重くて固そうな扉に突き当たる。少し待つと勝手に開く。
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後は流れ作業だ。すれ違うにも困難な細い通路を渡り、規定の手続きに従って「納品物」を提出する。カーゴに集めてきた鉱石を入れると、奥に回転して壁の向こう側にしまい込まれる。
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すると、シェルター内の天井に張り巡らされたラインが鈍く光る。壁面に投影されたモノクロスクリーンに映る評価は、今回もB。見る前から結果は分かっていた。適切な納品物を持って日が落ちるまでに帰ればB評価が確定する。A評価は一度も取ったことがないが、特に問題は起こっていない。
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最後に、次の仕事の申請を出す。ざっくりとした希望なので具体的な内容は次回に知らされる。といっても、一度も変えた試しはないし変わった覚えもない。
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〝標準入力インターフェイス11、お疲れ様でした。切断処理に入ってください〟
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イヤホンから聞こえる女性の声に従って残りのルーティーンを続行した。
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作業服と背嚢とイヤホンを中身ごとロッカーにしまい、脱衣する。施設の最奥に位置するチェンバー室の殻に入り込むと、後頭部を密着させた。殻が自動的に閉塞されて強化ガラスの表面に文字が浮かぶ。
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@ -36,61 +35,61 @@ HID6は顔を傾けて意味ありげに微笑んだ。
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2
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最初に聞いた話と違い、人間の身体で目覚めた時はまだ身も心もフレッシュだったと思う。シェルターを訪れた当時の感情もはっきり残っていたから、ただ純粋に世界は元通りになったのだと信じた。草花が生い茂り、空は青く澄み渡り、小鳥たちが人類の復活を讃えてくれる……。新しく作られた街の名前は、当然どれも新しく変わっていて、ロンドンはニューロンドンに、トーキョーはニュートーキョーに、ニューヨークは……ニュー・ニューヨークになっている、たぶん。
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予期せず人間の身体で目覚めた時はまだ身も心もフレッシュだったと思う。シェルターを訪れた時の記憶も昨日のことのようにはっきり残っていたから、ただ純粋に世界は元通りになったのだと信じた。草花が生い茂り、空は青く澄み渡り、小鳥たちがさえずり人類の復活を讃えてくれる……。新しく作り直された街の名前は、当然どれも新しく変わっていて、ロンドンはニューロンドンに、トーキョーはニュートーキョーに、ニューヨークはニュー・ニューヨークになっている。
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しかし、チェンバー殻の湾曲した表面に浮かんだ文字列はだいぶつれなかった。
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<あなたは標準入力インターフェイスとして再定義されました。以後、HID11と呼称します>
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どうやら僕は人間ではなくなったらしい。
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なんでも、活動状態の肉体はとても燃費が悪い。一〇〇んインの人間をまともに生きながらえさせようとすれば、膨大な備蓄食糧、清潔な飲み水、空気、それらを支える大がかりな循環設備を要する。じきにそういった代物は宿命的に老朽化を余儀なくされ、修理するための資材や人員、学校や訓練、果ては指揮系統を円滑化する官僚機構や社会制度までもが求められる。尻に火が付いている人類にとってはあまりにも考えることが多すぎる。
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そこで、僕たちは情報化を選んだ。元の肉体を問題解決後のために冷凍保存して、思考する精神を地下深くのサーバに転写する。延々と眠りこけていては急な出来事に対処できないからだ。シェルターの内外に張り巡らされたセンサ類をもとに「情報体」と化した人々が日々、分析にあたる。
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彼らはとても効率的で無駄が少なく、一生懸命働くのにラザニアもトリプルエスプレッソラテもマウンテンデューもいらない。地上が異常気象に見舞われている環境下で一〇〇人分の水源を濾過し続ける方法を検討するよりも、深宇宙探査機用の原子力電池とソーラーパネルの方が安上がりで済む。情報化は前の世界でも風変わりな人々が実践していたものの、一気に普及したのは皮肉にも災害のおかげと言える。どの会社のシェルターも似たりよったりのプランを宣伝しているのを見たことがある。
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これらはあくまで一時的な措置に過ぎないと聞かされていた。だが、僕が「標準入力インターフィエス11」なる名称を賜った際に知らされた新事実は以下の通りだった。
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一つ、未曾有の気象災害から数百年余りの年月が経ったが、情報体を人間の頭脳に再転写する技術は解決できそうにないこと。
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なんでも、活動状態の人体はとても燃費が悪いそうだ。一〇〇人の人間をまともに生きながらえさせようとすれば、膨大な備蓄食糧、清潔な飲み水、空気、それらを支える大がかりな循環設備を要する。じきにそういった代物は宿命的に老朽化を余儀なくされ、修理するための資材や人員、学校や訓練、果ては指揮系統を円滑化する官僚機構や社会制度までもが求められる。尻に火が付いている人類にとってはあまりにも考えることが多すぎる。
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そこで、僕たちは情報化を選んだ。元の肉体を問題解決後のために冷凍保存して、思考する精神を地下深くのサーバに転写する。延々と眠りこけていては急な出来事に対処できないからだ。シェルターの内外に張り巡らされたセンサ類をもとに「情報体」と化した人々が日々分析と議論に勤しむ。
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彼らはとても効率的で無駄が少なく、一生懸命働くのにラザニアもトリプルエスプレッソラテもマウンテンデューもいらない。地上が異常気象に見舞われている環境下で一〇〇人分の水源を濾過し続ける方法を検討するよりも、深宇宙探査機用の原子力電池とソーラーパネルの方が安上がりで済む。情報化自体は前の世界でも風変わりな人々が実践していたものの、ここまで一気に普及したのは皮肉にも災害のおかげと言える。どの会社のシェルターも似たりよったりのプランを宣伝しているのを見たことがある。
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情報化はあくまで一時的な措置に過ぎないと聞かされていた。だが、僕が「標準入力インターフィエス11」なる名称を賜った際に知らされた新事実は以下の通りだった。
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一つ、未曾有の気象災害から数百年余りの年月が経ったが、情報体を人間の頭脳に再転写する技術は開発できそうにないこと。
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二つ、その一方で地表は哺乳類が活動可能な気候に好転していること。
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三つ、よって今後は冷凍保存された肉体を都度解凍し、持ち主である情報体の人間が適性に応じてインターフェイスとして活用すること。
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確かに、使えるものは使わなければならない。もともと僕たちの後頭部には脳みそを取り出しやすくするためのネジ穴が設けられているし、脊髄と脳の電気的接点はモジュール化されている。これは情報体に移行する際の外科的な手続きであり、同時に保存条件の異なる肉体と脳を分離するための方法だったが、くしくも冷凍と解凍の効率化に一躍買ったというわけだ。
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自分の処遇に納得感があるかと言われれば複雑だ。計画通りに進んでいればそもそも「生体脳の方に残った僕」という自我は存在しえなかった。「情報体の僕」の精神に上書きされて消滅する定めだからだ。あるいは、情報体が地上の調査よりも肉体のランニングコストを倦んで一切合切放棄していたら、やはり今の自分はない。
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一方で、だから恩に着ろというのもおかしい。誰も自我をもう一つくれなどと頼んだ覚えはない。情報化される際にもそんな説明は受けていない。数百年も生きていれば気持ちが変わるのかもしれないが、情報体の僕は自分から枝分かれして遠い先に行ってしまった別人であって、同じように物事を考えるのは難しい。
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かといって、自殺する気にもなれない。今の暮らしにもそれなりの楽しみはある。仕事をしてさえいればこうして生きていられる。なんだかんだで釣り合いが取れてしまっているのだ。ゆえに僕は標準入力インターフェイスなのだった。
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自分の処遇に納得しているかと問われれば複雑だ。計画通りに進んでいればそもそも「生体脳の方に残った僕」という自我は存在しえなかった。「情報体の僕」の精神に上書きされて消滅する定めだ。あるいは、情報体が地上の調査よりも肉体のランニングコストを倦んで一切合切放棄していたら、やはり今の自分はない。
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一方で、だからと言って恩に着るのもおかしい。誰も自我をもう一つくれなどと頼んだ覚えはない。情報化される際にもそんな説明は受けていない。何百年も生きていれば気持ちが変わるのかもしれないが、情報体の僕は自分から枝分かれして遠い先に行ってしまった別人であって、同じように物事を考えるのは難しい。
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かといって、自殺する気にもなれない。今の暮らしにもそれなりの楽しみはある。仕事をしてさえいればこうして生きていられる。なんだかんだで釣り合いが取れてしまっているのだ。ゆえに僕はそれなりに忠実な標準入力インターフェイスなのだった。
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今日もまたチェンバー殻の中で目が覚めた。殻の湾曲した表面にいつもの文字列が浮かぶ。
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<HID11:接続処理中>
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システム上、僕たちが殻を出て身支度を整えるまでの間――人間らしく言い換えるならモーニングルーティーン――を「接続処理」と表現する。まもなく殻が奥手にせり出して開く。チェンバー室の左右に整然と並ぶ大量の殻にはまだ眠りについている「同僚」たちの姿が強化ガラスの向こうに透けて見える。同僚と言っても勤務体系が年単位でばらばらなので頻繁に会話はできない。前回に出会ったHID6も今は端っこの殻の中で巨体を丸めて安穏としている。
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作業服と背嚢はチェンバー室の隣のロッカーの中、食事は直進して突き当りを左の培養プラント室にある。巨大なパイプの排出口から出てくる吐瀉物に似た食べ物は相変わらずなにでできているのか分からない。味や食感についての感想は差し控えたい。飲水も前回より黒ずんでいた。
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食事を済むと頃合い良く便意を催す。溜まっていた便が腸内蠕動の再開によって押し出されたのだろう。部屋を出て奥のトイレに向かう。途中、ひび割れた壁面を修理している顔馴染みの同僚と出くわした。「おはよう」と挨拶をすると「ああ、おはよう」と気さくに返事をしてくれる。「今から出勤か?」「うん」「地上の仕事は大変そうだな」「僕はそうでもないよ」
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システム上、僕たちが殻を出て身支度を整えるまでの間――人間らしく言い換えるならモーニングルーティーン――は「接続処理」と呼称される。まもなく殻が奥手にせり出して開く。チェンバー室の左右に整然と並ぶ殻にはまだ眠りについている「同僚」たちの姿が強化ガラス越しに透けて見える。同僚と言っても勤務体系が年単位でばらばらなので頻繁に会話はできない。前回に出会ったHID6も今は端っこの殻の中で巨体を丸めて安穏としている。
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作業服と背嚢はチェンバー室の隣のロッカーの中、食糧は直進して突き当りを左の培養プラント室にある。巨大なパイプの排出口から出てくる吐瀉物に似た食べ物は相変わらずなにでできているのか分からない。味や食感についての感想は差し控えたい。飲み水も前回より黒ずんでいた。
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食事が済むと用を足したくなる。溜まっていた便が腸内蠕動の再開によって押し出されたのだろう。部屋を出て奥のトイレに向かう。途中、ひび割れた壁面を修理している顔馴染みの同僚と出くわした。「おはよう」と挨拶をすると「ああ、おはよう」と気さくに返事をしてくれる。「今から出勤か?」「うん」「地上の仕事は大変そうだな」「僕はそうでもないよ」
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僕たちは僕たちで情報体の人々とは異なる言い回しを好んだ。いきなり人ではないと言われてもなかなか受け入れられはしない。「同僚」だとか「出勤」といった一連のフレーズは、かつて地上世界で暮らしていた頃の名残りで、誰かがふと使った言葉が急速に普及した。他にも色々な言い回しがあるらしい。「最近は勤務査定が厳しくて困るね」見るからに老け込んだ風体の彼は、この短い会話の合間にも折れ曲がった腰を何度もさすっていた。
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標準入力インターフェイスに与えられる「仕事」は適性によって大きく異なる。高齢だったり、なんらかの障害を持っている場合には地上ではなくシェルター内の「内勤」に割り振られることが多い。僕は逆に若杉、背丈が低く力もないが代わりに身軽なので外で土や鉱石を集めている。
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トイレの便器は六つあるが、大半は壊れている。運が悪いと便器の中に乾燥した糞が積もっていることもある。ここはかなり前から水が流れない。いつまでも直らない様子を見るに、どう頑張っても修理しきれない箇所なのだろう。内勤の誰かが糞を片付けるまではずっとこのままだ。だから僕は、内勤のインターフェイスのことを本音ではよく思っていない。さっきのお年寄りは違うと信じたいけど、サボっている個体が多いのかもしれない。
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標準入力インターフェイスに与えられる「仕事」は適性によって大きく異なる。高齢だったり、体力がなかったり、なんらかの障害を持っている場合には地上ではなくシェルター内の「内勤」に割り振られることが多い。僕は知識と身軽さが買われたのか土や鉱石を集める仕事に就いている。
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トイレの便器は六つあるが、大半は壊れている。運が悪いと便器の中に乾燥した糞が積もっていることもある。ここはかなり前から水が流れない。いつまでも直らない様子を見るに、どう頑張っても修理しきれない箇所なのだろう。内勤の誰かが糞を片付けるまではずっとこのままだ。だから僕は、内勤のインターフェイスのことを本音ではよく思っていない。さっきのお年寄りは違うと信じたいけど、サボっている人が多いのかもしれない。
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ルーティーンの最終段階。見るたびにひび割れが広がっている廊下を歩き、天井のラインから巨大なモノクロスクリーンが投影される特別な空間で「会議」を行う。耳に支給のイヤホンを装着すると声が聞こえてくる――僕をインターフェイスとして扱う〝ユーザ〟――他ならぬ、数百年前に枝分かれした情報体の僕だ。
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〝おはようございます。前回の切断から二三年と九ヶ月、一五日と一二時間が経過しました。体調はいかがですか〟
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「問題ないと思うけど、健康診断を受けたわけじゃないからね」
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〝チェンバー殻のスキャナは一四七年前に電力効率化が策定されて以来、中止されていますからね。各自セルフメンテナンスをお願いしています〟
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「それって僕が何回解凍されたあたり?」
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〝三回目の後です〟
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以前はチェンバー殻が脳みその中身まで覗き見てメンタルケアまでしてくれたというが、今の僕たちは全部自発的に行わないといけない。趣味を持つのはその一環でもある。「福利厚生の悪い職場だ」と揶揄する同僚もいた。
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〝九回目の後です〟
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以前はチェンバー殻が脳みその中身を覗き見てメンタルケアまでしてくれていたらしいが、今の僕たちは全部自発的に行わないといけない。趣味を持つのはその一環でもある。「福利厚生の悪い職場だ」と揶揄する同僚もいた。
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「ところで、飲み水が黒ずんでいるみたいだ。味はともかく健康への影響が気になる」
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〝どうやら雨水を濾過するフィルタが目詰まりを起こしているようですね。他の標準入力インターフェイスが処理を実行中です〟
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「そうか、それは良かった。あと便器に糞が溜まっているのもなんとかしてほしいな」
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〝標準入力インターフェイスに特有の代謝現象は厄介ですね。私たちも抜本的解決に努めてはいます〟
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時折、見え隠れする上下関係とは裏腹に彼女と話すのは割に楽しい。が、やはり奇妙にも感じる。もし僕が地上世界で生き続けていたらこうなっていたのか、とか、肉体を持たない精神のみの存在だから肉体のまま歳をとるのとは勝手が違うんじゃないか、とか、普通なら考えないような想像をする。もちろん、どのみち彼女ほど長く生きることはできない。今こうして同じ瞬間を共にしていても僕はせいぜい一四歳プラス解凍中の日数なのに対して、彼女は五〇〇歳をゆうに越えている。
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時折、見え隠れする上下関係とは裏腹に彼女と話すのは割に楽しい。が、やはり奇妙にも感じる。もし僕が地上世界で生き続けていたらこうなっていたのか、とか、肉体を持たない精神のみの存在だから普通に歳をとるのとは勝手が違うんじゃないか、とか、あまり考えないような想像をする。もちろん、どのみち彼女ほど長く生きることはできない。今こうして同じ瞬間を共にしていても僕はせいぜい一四歳プラス解凍中の日数なのに対して、彼女は五〇〇歳をゆうに越えている。
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「そっちは楽そうだよね。こういう面倒がないから」
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〝そうでもありませんよ。いつも考え事ばかりしている人たちなので、それはそれで気苦労があります〟
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肉体を持たない思考だけの生活、というのがどんなものなのか未だに理解できない。僕たちが何年かかってもいけないどんな場所にも一瞬で行けて、当時のもっとも美しい状態の建築物や風景を楽しめる。あらゆる知覚は決して衰えず無尽蔵に供給されて、空腹も寝不足もない。
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肉体を持たない思考だけの生活、というのがどんなものなのか未だに理解できない。僕たちが何年かかっても行けないどんな場所にも一瞬で行けて、当時のもっとも美しい状態の建築物や風景を楽しめる。あらゆる知覚は決して衰えず無尽蔵に供給されて、空腹も寝不足もない。
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そんな楽園じみた暮らしをしているのに、現実の地上世界には未練があると言う。
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〝では、さっそく入力の指示に移りましょう〟
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イヤホンから女性の声が一旦途切れると、天井のラインの点滅に合わせてモノクロスクリーン上に線が引かれはじめた。現在地点を中心とした点から方角とおおよその距離が示され、目的の資材に関する文字列も並ぶ。いつもより遠い道のりだが、うまくやれば今回も塩の塊を彫る時間は余りそうだ。
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〝今回は特に食事と水分補給を万全に済ませてください。外気温は一〇度前後と好適ですが、なるべく直射日光も……〟
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イヤホンから女性の声が一旦途切れると、天井のラインの点滅に合わせてモノクロスクリーンに線が引かれはじめた。現在地点を中心とした点から方角とおおよその距離が示され、目的の資材に関する文字列も並ぶ。いつもより遠い道のりだが、うまくやれば今回も塩の塊を彫る時間くらいは余りそうだ。
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〝いつも言っていることですが、食事と水分補給を万全に済ませて下さいね。外気温は一〇度前後と好適ですが、なるべく直射日光も……〟
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「はいはい、分かったよ。ところでこれ、なにに見える?」
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余計な世話焼きを遮り、背嚢から前回の成果物をお披露目した。天井のラインが不規則に点滅する。
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〝……なんの変哲もない塩の塊に見えますね〟
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「そうだね。前回、道端で拾ったんだ。僕は面白い形をしていると思ったんだけど」
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ほどなくして「会議」が終わると彼女は〝接続完了〟を通告した。エレベータに乗って地上階に移動する。細長い通路の最奥には、暗闇の上の上まで伸びる巨大な扉のハンドル部分が見える。あたかも巨人用に設えられたそれは情報体の操作によってしか開かない。通路の左右にも深い漆黒が広がっていて、何十回と行き交っていても手すりを掴む両手の力を緩められそうにはない。
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けたたましいブザー音が鳴り響く。ハンドルがゆっくりと回転する。扉の周りの警告灯が放つ鋭い光がしかし、たちまち周囲の闇へと吸い込まれていく。
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やがてブザー音は大げさな歯車の稼働音に取って代わり、シェルターの扉が地鳴りに似た振動を伴って持ち上げられる。揺さぶられて落ちないか怖くて手にますます力が入る。
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たっぷり何分もかけて巨大な扉が解放されると、もう一つの小さな扉が現れる。そこまで切り取ればマンションの一室に繋がるドアに見えなくもない。その先には「危険物」とラベルが貼られた小部屋がある。一列に立てかけられた電動銃から小さいのを手に取ってひたすら長い階段を登る。
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ほどなくして「会議」が終わると彼女は〝接続完了〟を通告した。エレベータに乗って地上階に移動する。細長い通路の終端には、暗闇の上の上まで伸びる巨大な扉のハンドル部分が見える。あたかも巨人用に設えられたそれは情報体の操作によってしか開かない。通路の左右にも深い漆黒が広がっていて、何十回と行き交っていても手すりを掴む両手の力を緩められそうにはない。
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けたたましくブザー音が鳴り響いてハンドルがゆっくりと回転する。扉の周りの警告灯が鋭く光を放つも、たちまち周囲の闇へと吸い込まれていく。
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やがてブザー音は大げさな歯車の稼働音に取って代わり、シェルターの扉が地鳴りに似た振動を伴って持ち上げられる。揺さぶられて落ちてしまわないか怖くて手にますます力が入る。
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たっぷり何分もかけて巨大な扉が開放されると、もう一つの小さな扉が現れる。そこだけ切り取ればマンションの一室に繋がるドアに見えなくもない。その先には「危険物」とラベルが貼られた小部屋がある。一列に立てかけられた電動銃から小さいものを手に取り、ひたすら長い階段を登る。
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イヤホンから途切れがちに彼女の声が聞こえた。
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〝最後に確認をしましょう。ちゃんと背嚢は持ちましたか? 必要なものは揃っていますか? 汎用的ソリューションを携帯していますか?〟
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〝最後に確認をしましょう。外では私の声は聞こえませんからね。ちゃんと背嚢は持ちましたか? 必要なものは揃っていますか? 汎用的ソリューションを携帯していますか?〟
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「分かったって」
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耳からイヤホンを取り外してポケットに突っ込む。
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情報体の人々は武器のことを〝汎用的ソリューション〟と呼んでいる。後頭部にネジ穴があり、脳みそを出し入れできる僕たちはあたかもサイボーグのようだが、実際にはコンクリート片も満足にうごかせない。情報体の人たちに至っては、地上のどんな小さなものさえ動かせない。現実の物体に深く介入できる能力は特別なのだ。
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情報体の人々は武器のことを〝汎用的ソリューション〟と呼んでいる。後頭部にネジ穴があり、脳みそを出し入れできる僕たちはあたかもサイボーグのようだが、実際にはコンクリート片も満足にうごかせない。情報体の人たちに至っては、地上のどんな小さなものさえ動かせない。現実の物体に幅広く介入できる道具は特別なのだ。
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そして、ついに地上に出る。僕にとっては昨日のことのようだが、実際には二三年ぶりらしい。階段を登り続けているうちにシェルターの中のどんな強力な光源も敵わない光――すなわち、太陽の光が顔を暖かく照らした。
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