8話から
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合同誌企画作品.md
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合同誌企画作品.md
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@ -144,7 +144,7 @@ HID39は顔半分だけ振り返ってつぶやいた。無表情で抜け目な
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「なるほどな、お前、出張は初めてなんだな。一度もやったことがないやつと組むとは初めてだが……まあいい、黙っておれの言う通りにしろ。まず食事と水を詰めるんだ。一日では帰ってこられないからな」
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僕にとって仕事とは「日が落ちる前に帰ってくれば評価が安定するもの」という認識でしかなかった。日が落ちた後も続けなければいけない仕事など想像もつかない。「出張」という見慣れない単語も出てきた。いずれにしても、前回の勤務評価時に咄嗟にとった行動が今回の特別な仕事を招いているのは間違いない。
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つまり、僕はその方面の適性があると見込まれたのだ。より多くの知るであろう職域の。
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今回は便意がこなかったのでトイレはパスした。HID6が帰ってきた後、一緒にブリーフィングを受ける。彼が言った通り、ディスプレイに図示された目的地はいつもの三倍は遠かった。片道だけでも日が暮れてしまう。目標の物品はタングステン180だという。前回に見た「競合他社」の点を記憶から掘り起こして地図上に重ね合わせると、確かにどの拠点からも十分に到達可能な距離だと分かる。
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今回は便意がこなかったのでトイレはパスした。HID6が帰ってきた後、一緒にブリーフィングを受ける。彼が言った通り、ディスプレイに図示された目的地はいつもの三倍は遠かった。片道だけでも日が暮れてしまう。目標の物品はタングステンだという。前回に見た「競合他社」の点を記憶から掘り起こして地図上に重ね合わせると、確かにどの拠点からも十分に到達可能な距離だと分かる。
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「質問」
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低く野太い声が質問コマンドを発すると、たちどころに部屋の中央から立体映像が……現れるはずなのだが一向に出現せず、ディスプレイが暗転して文字列が表示された。
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〝回答:質問待機中〟
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@ -184,9 +184,124 @@ HID6は言葉少なめに告げて、背嚢から食事の入った容器を取
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「僕たちは、勝っているのか? その、競合他社に」
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背嚢に空いた容器を片付けていた巨体が一瞬固まったように見えた。少し待っても回答はない。なんだかきまりが悪くなり、僕は急いで自嘲を混ぜ込んだ。
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「いや、僕はつい前回、あっさり負けちゃったけど」
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「おれたちには分かりっこないさ。聞いても教えてくれないからな」
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HID6が立ち上がったので僕も慌てて残りの食事を片付けて背嚢に突っ込んだ。「だが、負けたってどういうことだ。戦って生き残ったのか」金属製の背嚢を慎重に背負い込みながら首を振る。「戦ってない。ブルーの作業服を着たやつが気まぐれで見逃してくれただけだ」こんなふうに言うと侮られるかもしれないが、思わず吐露したくなるほど悔しい事実だった。意外にも彼は白い歯を見せつけて笑った。「気にするな。今度、ブルーの連中にお前を生かしたことを後悔させればいい」
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「じきに嫌でも分かる」
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HID6が立ち上がったので僕も慌てて残りの食事を片付けて背嚢に突っ込んだ。「だが、負けたってのはどういうことだ。逃げて生き残ったのか」金属製の背嚢を慎重に背負い込みながら首を振る。「逃げてすらいない。ブルーの作業服を着たやつが気まぐれで見逃してくれただけだ」こんなふうに言うと侮られるかもしれないが、思わず吐露したくなるほど悔しい事実だった。意外にも彼は白い歯を見せつけて笑った。「気にするな。今度、ブルーの連中にお前を生かしたことを後悔させればいい」
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それからの道のりはうってかわって退屈しなかった。補給中の会話で打ち解けられたのか、ぽつぽつと会話を交わす雰囲気になったのだ。競合他社はそれぞれ違う色の作業服を身に着けていて、ブルーもいればイエローもいるという。一度、レッドの服を着たやつを見つけたかと思いきや、それは殺したやつの血で染まっていただけだったなどと粗野な武勇伝を聞かせてくれたりもした。逆に、競合他社の相手から見れば僕たちは「オレンジのやつら」ということになる。
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一日たっぷりかけて対岸に渡り、朝方ぶりに土を踏みしめるとなんだか奇妙な感触がした。きっとこれからはこの感じが当たり前になるのだと思った。この辺りでは珍しい丘陵に昇り、下っていき、しばらくするとちょっとした湖に出くわした。案の定、一面が水ではなく塩気を含んだ個体に凝結している。含まれているミネラルや不純物の濃度の関係なのか、こっちの方は幾分か透き通っているように見えた。じきに日が落ちるから野営をするとHID6が言うので、僕は急いで湖の方向に駆け寄って片手で持てる立方体のサイズに塩の塊を削り取った。戻ってくると彼に「お楽しみ用か」と茶化されたので「いいや、このまま持っておく」とついむきになって言い張った。本当は夜のうちに造形するつもりだった。
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ちょうどなだらかな傾斜が付いている清潔な地面を見繕い、そこで僕たちは野営の準備を始めた。必要なものは金属製の背嚢に全部入っていた。いかに現在の地表が温暖化しているとはいえ、夜間には氷点下をぐっと下回る。作業着よりも分厚い素材で作られた折りたたみ式の寝袋に入り込むと一転、切り裂くように吹きつけていた寒風が阻まれて全身が温まった。
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「ぐっすり寝るなよ、適当な時間で交代だ」
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寝袋を器用に巻き付けて身体の自由と防寒を両立させながら彼が言った。手元にはもう電気銃の鈍く光るチャージライトがちらつく。
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「本当に競合他社が襲いかかってくるのかな、相手だって眠いんじゃ」
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自力で寝るのも起きるのも初めての僕にしてみれば、そんな不確かな挑戦はしないに越したことはなかった。しかし彼は構わず腹ばいになって傾斜の向こう側に電気銃のバッテリーマガジンを立てかけた。
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「むしろ油断ならない。夜勤<ナイトシフト>の連中がいる」
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「夜勤<ナイトシフト>?」
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聞き慣れない言葉だ。ひょっとしたら僕のこれまでの職分では知りえない言葉がたくさんあるのかもしれない。
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「夕方に解凍されて夜のうちに勤務する凄腕の輩だ。おれもお前も大抵の仕事はものを持って帰ったり、情報を集めたりすることだが、連中は違う」
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深く息を吸い込んだのか、彼の背中が一層盛り上がった。
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「連中の仕事は競合他社の人員を減らして回ることだ。つまり、戦闘しかしない」
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さながら血に飢えた野獣のようなイメージ像が脳裏に浮かんだ。当然、僕が適性によって今の仕事をあてがってもらったように、夜勤<ナイトシフト>にも適性があるのだろう。電気銃をどこにでも百発百中で当てられるとか、夜でも眠くならない体質とか。
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「そういう人たちと戦ったことがあるのか」
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「ない、あったら生きてちゃいない。だがおれたちの会社で元夜勤だったやつと組んだことはある――早死したくなくて配置転換を希望したと言っていたが――いずれにしても、なるべく敵には回すまいと感じたな」
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こんな話を藪から棒に聞かされて、限られた睡眠時間を十分に活用できるか心配で仕方がなかった。今、この瞬間にでも夜目の効く最強の使い手が自分を照準の中に収めているかもしれないのだ。
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ところが意外にも、次の瞬間にはごつごつとしたHID6の手に揺さぶられて起こされる羽目となった。感覚的には解凍されるのとさして変わりはない。脳みそが引き出されているかいないかの差ぐらい――にもかかわらず、外はまだ暗く何時間も経ってはいないであろうことが察せられた。同じように眠りについていても、人間の生理的なファンクションの方の睡眠はずいぶんタイムスケールが短い。
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結局、いまいち覚醒しきれていない状態で指図されるがままに寝袋から出て身体に巻き付け、数時間前の彼がしていたように傾斜の前に腹ばいになった。「電気銃の撃ち方は知っているな」「それは……知っている。情報化前の講習で倣った」「撃ったことは?」「ない」急ごしらえの相棒はとんだ新人と組まされたものだと言いたげに口を曲げた。だが、それでも真剣に指示を続けてくれた。
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「いいか、三つだけ覚えろ。先に撃たれてお前が死んでいなかった場合、とにかく撃ち返せ。ビビって引っ込んだら距離を詰められる。次に、銃声がしたがお前じゃないやつが撃たれている場合、すぐに隠れておれを起こせ。最後に、すでに相手が接近していて取っ組み合いになった場合、大声をあげて危険を知らせろ。いいな、なにもなければ日が上がるまで監視だ」
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僕は反射的に「えっ」と唸った。「じゃあ僕はもう寝られないのか」体感的には明らかに眠い。これまでの仕事では感じた試しのない感覚だ。しかし目の前の経験豊富な同僚は眉間に皺を寄せて「お前はもう五時間も寝た。俺だって同じくらい寝る権利はある」とぐうの音も出ない正論を告げたので、目の前に広がる暗闇と黙って対峙するほかない現実を渋々受け入れた。
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あるいはこれが僕のこれからの仕事なのかもしれない。いつどこから撃ち殺されてもおかしくないと考えれば怖がってもいいはずなのに、十分ではない睡眠となんの代わり映えもしない黒一面の風景に、姿勢さえも変えられない窮屈さが倦怠感を身体じゅうに押し広げてあるはずの恐怖を塗りつぶしてしまう。
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小一時間経ったか、それともまだ五分しか経っていないか定かではないが、僕の意識は将来の人生設計に傾いた。今は必要に応じて解凍される標準入力インターフェイスでしかないけども、いつか精神体の人々はなんらかの根本的な解決策を手に入れて地上に進出するはずだ。数十年後か、数百年後か、数千年後かはともかく、冷凍冬眠装置に故障がなければ僕もその時には一人の市民として輪に加わっているだろう。立体映像として描かれた上司の彼女とも直接会って話せるようになるかもしれない。より多くの人々とも交流の機会を得て、地上世界をより良くするために話し合うことになる。
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そこへいくと、僕はあまりにもものを知らなさすぎる。今、こうして地上での勤務経験でも同僚に水を開けられているし、無限大の情報源にアクセスして僕たちが寝ている間も常に思考を重ねている精神体の人々とはまずもって比べられない。あらゆる問題が解決した後でさえも僕自身の能力が課題として待ち受けており、それを改善するのは簡単ではない。
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昔、地上に人類が暮らしていた頃には何人にも教育が与えられていた。そういう施設もたくさんあった。ところが今から地上世界に再進出するとしても、当面はもっと基礎的なインフラを構築する方が優先されて他の事柄は後回しにされるに違いない。つまり、現状の格差を覆す手がかりはおそらく得られず、僕の人生は非常に不活性的で見通しの悪いものとならざるをえない。
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だとしたら。こうも考えられる。
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今の状況がずっと続いている方がよほど良いじゃないか。地上に出て応分の働きをして、用が済んだら冷凍されて、そのうちまた解凍される。人生がとても離散的なのはやむをえないが、少なくとも思い悩むことはあまりない。たまにトイレに糞が残っているとか、食事や水に喜びを見いだせないとか、そういった点に目を瞑れば今の暮らしもそんなに悪くはない。彫刻だってできる。
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ただ……じゃあなんで僕はもっと楽な地質調査とか資源の回収の仕事に留まらず、より多くのことを知ろうとしたのだろう。今だって眠いのをこらえて必死に――
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その時、真っ黒な風景にわずかだが光がちらついた。最初は気のせいかと思ったが、続けて二回、そして三回、光が灯る。入れ違いに別の地点でも光が灯った。やがて決定的に電気銃特有の奇妙な音色が耳に届いて、いよいよ確信を得た。
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銃撃戦が行われている。
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左手の閃光は派手に光っているのに対して右手の方は幾分控えめだ。だんだん激しさを増して音も大きく響いている。そこで、はたと思い出して彼を起こそうとしたところで背後から声がした。
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「右のやつらが夜勤<ナイトシフト>だな」
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どきりとして「起こそうと思ったんだけど」と申し開きをしかけたが、彼は平然と僕の前から電気銃を持っていって自分の位置に構え直した。
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「いや、おれが勝手に起きた。眠りが浅かったらしい」
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おそらく眠りが浅いのではなく、浅く寝ていたに違いない。頼りない新人に命を預けて高いびきなど経験豊富な者の振る舞いではないからだ。
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とはいえ、いちいち落ち込んでいても仕方がない。僕も自分の背嚢から電気銃を取り出して開き、さっきまでと同じように置いた。
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「なんで右が夜勤<ナイトシフト>だと分かるんだ。左の方がよく撃っているように見えるけど」
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しゃべっていても隣の同僚の頭は照準から揺らがない。
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「光の散乱具合から当てずっぽうに撃っているだけだと分かる。それに対して右側は正しく牽制している。距離を詰めきるまで逃げられないようにするためだ。ほら、見ろ」
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数百メートルか、あるいはもっと離れた地点で決定的な瞬間が訪れた。最後に右手の光が二回光り、以降はまるで闇がすべてを覆い隠したかのように辺りが静まり返った。
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「妙な気を起こすなよ。おれたちにできるのはやつらがひと仕事を終えたと考えて帰ってくれるのを祈るだけだ」
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さすがにこの頃には眠気が吹き飛んでいた。たった今、暗闇の対岸で絶命した人々も今後の人生について思いを馳せていたかもしれない。それがほんのちょっとしたさじ加減で奪われた。まだ見ぬ夜勤<ナイトシフト>の凄腕たちが気まぐれで進行方向を変えていたら、今頃死んでいたのは僕たちだったのだ。
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何事もなく太陽が上がり、食事を食べ終え、隅々まで陽光で照らされた地面を歩いていても恐怖は背筋に張りついたようにしていつまでも消えなかった。まだ殺し足りない夜勤<ナイトシフト>が昼も活動していて、四方八方のどこからか自分を狙っているのではないかと妄想に駆られた。彼らが文字通りの職分ならそんなことはありえない。そうでなくても襲撃の気配があれば僕よりも先に同僚が気がつくだろう。いずれにしてもなにかが起こる前から心配するのは杞憂でしかなかった。だが、分かっていても足取りは鉄の重さで、腹にはいつまでも溶けない氷が沈んでいた。
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「ここだな」
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HID6が大きな平屋建ての前で止まった時、ようやく安堵の気持ちが芽生えた。建物の中に入れば遠くから撃ち殺される可能性は低い。実際、この後の仕事はとても気楽だった。目標物はあっけなく見つかった。眼前に並ぶ砲弾らしき物体そのものは風化していてもはや役に立たないが、内部の弾芯にはタングステンが豊富に含まれている。そのまま持っていくには重すぎる砲弾も、古くなっていたおかげか背嚢の角や電気銃の銃床を駆使して叩くと簡単に砕けた。同じ作業を二人で黙々と続けているうちに、ブリーフィングで示されていた分量を大幅に越える材料が集まった。
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しかし意気揚々と帰り支度を整えて建物から出ようとした途端、正面にひと組の人影を認めて僕はついさっきの恐怖を胃の奥からせり出すこととなった。電気銃――背嚢の中だ――目視距離に堂々と佇む二人と相対すること数秒、先に口を開いたのは相手の方だった。
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「君らもここで物資を集めていたのかい」
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背後で電気銃を構えていたのであろうHID6が答える。
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「さあ、どうかね」
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「タングステンか?」
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「だったらどうだ」
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短い応答の後、相手は急に両手を胸の前で合わせて懇願のポーズをとった。
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「我々も同じものを探しているんだ。もしよかったら分けてもらえないか、この通りだ」
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そこで僕はようやく相手が二人して武装していないこと、そもそも雰囲気からして敵意がないこと、イエローの作業服を着ていることなどを把握した。張り詰めていた緊張の糸が切れて、がちがちに固まっていた筋肉が和らいだ。
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「おれたちになんの利益が? 他社だということくらいは分かってるだろう」
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「分かっている、交換しよう。我々は銅線を持っている。今回の目標物でなくても絶対に必要なはずだ」
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確かに、と率直な感想を抱いた。銅線なら僕の仕事でも集めた覚えがある。次回以降の仕事で要求された時にもともと持っていたらその日は仕事をしなくてもB評価だ。
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「現物を見ないことにはなんとも言えんな」
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同僚の呼びかけに律儀に応じて、彼らは各々の背嚢を下ろして中身を探りだした。昨夜、戦闘しないまでも夜勤<ナイトシフト>たちの仕事ぶりを目の当たりにしたからか、この短い間にも特殊な感覚が養われたのか分からないが、てんで戦闘経験のない僕にさえ、彼らが隙だらけの小動物に見えた。じきに背嚢の奥からずるずると銅線をひっぱりだすと、その長さを誇るようにして広げてから丸めはじめた。
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「どうだ、悪い話じゃないだろう? 多めにとったって評価はどうせ変わらないんだ、だから」
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「そうだな。いいだろう」
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そう言うと真後ろにいた巨体が歩を進めて隣に並び、背中の背嚢を片手で持ち上げて下ろした。
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もう片方の手にはまだ電気銃が充填状態で握られている。
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「だが、おれがくれてやるのはこいつだ」
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電気銃が真横で射出されて不可視の運動エネルギーがイエローの作業服を着た相手に衝突した。それは相手の胴体に風穴を開けるには十分すぎる威力で、すでに事切れているであろう肉体はそのまま地面に崩折れた。撃たれていない方は突然の襲撃に状況を飲み込めず、まばたき数回分の間隙を経てようやく素っ頓狂な悲鳴をあげた。僕自身の悲鳴も遅れてあがった。
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「おい、一度しか言わねえからよく聞け。走って逃げ切れたら追わねえ。だからうまく逃げろ。ほら、走れ」
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二人の醜態をよそに彼は黄色い作業着の足元すれすれに二発目を放った。ほとんど反射的に背嚢も持たずに相手は走り出した。
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「おっ、けっこう速いじゃねえか」
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いくらか時間を置いて同僚が放った三発目、四発目の銃撃は傍目から見ても粗雑な撃ち方だった。とても当てるつもりで撃っているとは思えない。現に運動エネルギーの塊は相手から数メートルも離れた地点にぶつかり、かすかに土煙を舞わせていた。しかし彼は一向に意に介さず、黒い顔に今まで見せたこともない残忍な笑みを浮かべながら作為的な射撃を繰り返した。
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そうして一分、二分も経ち、イエローの作業着が本当にイエローなのか判別がつきづらくなってきた辺りで、彼はいきなり銃の構え方を変えた。
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「そろそろ楽しみは終わりだな」
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距離距離はもはや狙撃に近いと言って差し支えないほど離れていたにもかかわらず、最後の一撃はあっけなく逃げ惑う背中の中心を捉えた。さすがにこの距離となると悲鳴も地面に倒れた音も聞こえない。
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「……どうして」
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今の僕の心理状況としては、この一言を絞り出すのが精一杯だった。言いながら、次の言葉を考える。
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「殺す必要は、なかった」
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しかしそのわずかな間に、目の前の殺人者はさっきまでの堅実で面倒見のよい同僚に変貌を遂げていた。
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「もうずいぶん前になるが、言っただろ。お前の楽しみみたいなのがおれにもあると。おれは……逃げるやつを撃つのが好きでね」
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あまりにも感慨深く、まるで趣味の話でもするみたいに言うものだから僕は気がおかしくなりそうだった。相変わらず堂々とした態度で彼は「それに」と付け加える。
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「お前、A評価って取ったことないだろう。あれはどうやったら取れると思う」
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「し、知らない」
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これは一瞬前までは嘘ではなかった。本当に知らない。最初の何回かは多く資材を持っていって高評価を狙ったものの、上司の彼女が褒めてくれるだけで評価自体に変化はなかった。直接、A評価をとるにはどうしたらいいか聞いたこともあるが、はぐらかされるばかりで結局教えてもらえていない。
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もちろん、こうして状況と辻褄を合わせれば未経験者の僕でも吐き気を催すほどよく分かる。
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「おれたちだって競合他社を減らせる。この銃はそのためにあるんだ」
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「今まで、何回、こんなことを」
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しゃべらないと本当に吐いてしまいそうだったので聞きたくもない質問をした。対する同僚の受け答えは洗練されていた。
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「おれはずっとA評価しか取ったことがなくてね」
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帰りの道のりは非常に快適だった。なぜなら殺したイエローたちは電気で動く二人乗りのバイクを近くに隠していて、それに乗って帰ったからだ。僕の本心を見透かしていてなおHID6は後部座席に座る僕に、エンジンの駆動音や風切り音に負けない大きい声で呼びかける。
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「こんなものおれたちは持っていねえ! そうだろ!? だが他社の連中は持ってる! おれたちが持っていない良いものを連中は持ってる! これでおれたちが勝ってると思うか!? ええ? 殺さずに勝てると思うか!?」
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僕はただひたすら無言の抵抗を貫くほかなかった。時速百キロメートルで前から後ろへと高速で流れ去っていく風景、彼方まで広がる乳白色の塩の地平線、そのどれもがひどく味気なくに感じられた。
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