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「まあ、色々やってみるのはいいことだ。若いうちはどんな可能性もある」
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手を振って去っていく同僚の姿が見えなくなってから、僕も造形した塩の塊を背嚢にしまって立ち上がった。もう一度、夕陽の強い光に照らされた固形の海面を眺める。深呼吸。きれいさっぱり片付けられてがらんどうになった文明の残り香を吸い込む。
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こんな暮らしにも可能性とやらがあるといいけど。
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徒歩にして約三〇分の地点に着くと、どこかに露出しているのであろう地上のセンサが反応して石畳がめくれ上がった。現れた長い下り階段を降りていき、重くて固そうな扉に突き当たる。少し待つと勝手に開く。
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しばらく歩いて特定の地点に着くと、どこかに露出しているのであろう地上のセンサが反応して石畳がめくれ上がった。現れた長い下り階段を降りていき、重くて固そうな扉に突き当たる。少し待つと勝手に開く。
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後は流れ作業だ。すれ違うにも困難な細い通路を渡り、規定の手続きに従って「納品物」を提出する。集めてきた鉱石をカーゴに入れると、奥に回転して壁の向こう側にしまい込まれる。
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すると、シェルター内の天井に張り巡らされたラインがぱちぱちと光る。壁面に投影されたモノクロスクリーンに映る評価は、今回もB。見る前から結果は分かっていた。適切な納品物を持って日が落ちるまでに帰ればB評価が確定する。A評価は一度も取ったことがないが、特に問題は起こっていない。
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最後に、次の仕事の申請を出す。ざっくりとした希望なので具体的な内容は次回に知らされる。といっても、一度も変えた試しはないし変わった覚えもない。
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〝おはようございます。前回の切断から二三年と九ヶ月、一五日と一二時間が経過しました。体調はいかがですか〟
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「問題ないと思うけど、健康診断を受けたわけじゃないからね」
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〝チェンバー殻のスキャナは一四七年前にソーラーパネルが半壊して以来、中止されていますからね。各自セルフメンテナンスをお願いしています〟
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「それって僕が何回解凍されたあたり?」
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「それって僕が何回解凍された辺り?」
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〝九回目の後です〟
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ソーラーパネルを修理する仕事が急になくなったのはそれが理由だったのか、と世紀を隔てて合点を得る。
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以前はチェンバー殻が脳みその中身を覗き見てメンタルケアまでしてくれていたらしいが、今の僕たちは全部自発的に行わないといけない。趣味を持つのはその一環でもある。「福利厚生の悪い職場だ」と揶揄する同僚もいた。
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「いや、見つかったし持ち帰るはずだったんだ。だけど、銃を突きつけられて奪われた」
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口を開いた途端、味わった恐怖がたちまち怒りに兌換されてどんどん語気が強まった。
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「そいつはブルーの作業服を着ていた。どういうことなんだ。他のインターフェイスのものを奪うなんていけないんじゃないのか。D評価は僕のせいじゃない。そいつのせいだ」
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イヤホンの向こう側でしばらく沈黙が続いた。齢五〇〇歳くらいの彼女にしては珍しい。やがて、意を決したように話しはじめた。
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イヤホンの向こう側で沈黙が続いた。齢五〇〇歳くらいの彼女にしては珍しい。やがて、意を決したように話しはじめた。
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〝ごめんなさい、ちゃんと話しておくべきでしたね。今から説明します〟
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天井のラインがぱちぱちと光り、性能評価画面から遷移して周辺の地図が描き出される。それ自体は会議のたびに見ているものだったが表示範囲が格段に広く、陸地がいくつもの線で細かく区分けされていた。
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「これは……」
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彫刻は彫っていない。彫るための材料がここにはない。
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代わりに、彼女と話す機会が増えた。イヤホンの電波はシェルターの中ならだいたい届く。毎回、ひび割れた壁に補修材を塗りたくり、汚れた床を拭きながら雑談を交わす。内容はなんでもいい。天気の話だけはできないけれど。
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「ところで、なんでこういう仕事ってロボットとかにやらせるわけにはいかないのかな」
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〝複雑な部品や電気的接点を持つ機械はメンテナンスが大変なんですよ。その点、皆さん基本入力インターフェイスの燃費の悪さは許容範囲内と言えます〟
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〝複雑な部品や電気的接点を持つ機械はメンテナンスが大変なんですよ。電力の消耗も看過できません。その点、皆さん基本入力インターフェイスの燃費の悪さは許容範囲内と言えます〟
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「とりあえずご飯を食べさせれば勝手に動くもんね」
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昔、僕の家にあったお掃除ロボットや、外で見かける運送ドローンがもっと器用だったら僕たちを使わずに済んだのだろう。
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シェルターの中は意外に広い。直すべき壁は星の数ほどあり、拭くべき床はさらに多い。以前の仕事で内勤のインターフェイスとめったに会わなかったのも納得だ。チェンバー室も他に三つあって、培養プラント室もそのぶんだけあり、トイレも備わっている。そして、大抵の便器に糞が積もっている。とはいえ、本来は情報体に移行するまでの仮設的な設備だったはずなのに、なんだかんだで機能し続けている方が奇跡なのかもしれない。
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シェルターの中は意外に広い。直すべき壁は星の数ほどあり、拭くべき床はさらに多い。以前の仕事で内勤のインターフェイスとめったに会わなかったのも納得だ。チェンバー室も他に三つあって、培養プラント室もそのぶんだけあり、トイレも備わっている。そして、大抵の便器に糞が積もっている。終わりの見えない仕事を無理に終わらせて眠り、次に起きた時には前よりひどくなっている。これではどんなに働いても認められようがない。とはいえ、本来は情報体に移行するまでの仮設的な設備だったはずなのに、なんだかんだで機能し続けている方こそ奇跡なのかもしれない。
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とりわけ、ダイヤモンド電池が設置されている最下層は最悪だ。ごわごわとした作りの放射線防護服は暑苦しくて重たい。炭素の放射性同位体がベータ線しか放射しないおかげで身の安全は保証されているものの、分厚い生地に手足の動きが阻まれていると作業は遅々として進まず、代わりに口数ばかりが増える。壁のひび割れが広大な円周に沿って広がっていて途方に暮れ、思わず天を仰ぐと暗闇に覆われた吹き抜けの天井が見える。あの細い通路から落ちるとここで床の染みと化すのだ。
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「ところで君は今なにをしているの?」
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てんで見通しの立たない仕事を半ば放棄してふと彼女に尋ねると、放射線区画特有のノイズに紛れて自明すぎる回答が返ってくる。
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なぜか一方的に会話を打ち切られたが、ちょうど腰の曲がった顔馴染みの同僚が現れたので挨拶を交わした。膨れた腕を振り回して大声を張る。
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「おはよう」
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「おはよう。元気かね」
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「この壁の補修をこれ以上しなくて済むならね」
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「ここの補修をこれ以上しなくて済むならね」
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顔中に皺が深々と刻み込まれた老体のインターフェイスは、半透明のバイザー越しに口元を曲げて微笑んだ。
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「では私と交代しよう。君は上の階の方をやりなさい」
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「ほんと? どうもありがとう」
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これから企みを暴こうとしている相手に褒められるのはなんだかむずむずする。
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表向き、会議では五十キロメートル以上離れた場所の鉱石を採集することになっていた。例の勢力図通りなら周縁部分どころか競合他社の領域に入り込む格好だ。以前に聞いたように四人での出張は半ば操作介入を前提にしている。
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馴染みのない二人の方を見ると、片方は着脱室の前で見た細身の男、もう一人は知らないインターフェイスだった。それぞれHID23、HID45と胸元に記されている。HID45は僕と同様に出張経験者として組み入れられたようだ。移動を開始してからしばらく経っても僕たちになにも明かされる気配がないのは、シェルターから十分に離れる必要があるからだろうか。
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百何年かぶりの陽光、柔らかく吹き抜ける塩気を含んだ風は秘め事を抱えている身にも沁みた。世紀を隔てても変わらない塩の大地が悠然と地平線の彼方に広がっている。白く濁った平面に頬ずりするように靴底をすり合わせながら、しばらく気ままに道のりを楽しんだ。
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百何年かぶりの陽光、柔らかく吹き抜ける塩気を含んだ風は秘め事を抱えている身にも沁みた。世紀を隔てても変わらない塩の大地が悠然と地平線の彼方に広がっている。白く濁った平面に頬ずりするように靴底をすり合わせながら、気ままに道のりを楽しんだ。
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先を行く三人の口数は少なかった。プロフェッショナルらしく危険に備えて体力を温存しているのか、あるいは企みの行く末を案じているのか。特に例の二人は周縁部分にも達していないうちから大型の電動銃を片時も手放さない。休息をとる時も、食事の際にも必ず手が届く位置に銃があった。たぶん、敵に襲われることを心配しているからではないと思う。隠し事をしていると誰しも不安で仕方がないのだ。唯一、状況をなにも知らされていないであろうHID45もそんなピリピリした雰囲気に合わせたのか、食後には電動銃を広げだした。その隙に、容器を片付けるふりをして背嚢の中からカメラを取り出して胸ポケットに収納した。レンズがちょうどよく生地の切れ目から顔を出している。スイッチを押すとランプが一回点滅した。以後、すべての出来事が記録される。
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塩と土の地を交互に踏みしめて半日近くも経過すると、さすがにベテランの大人たちの足取りにも疲れが見えてきたようだった。休憩の合間に仕事の段取りを軽く話し合い、また歩き続ける。橙色の濃い夕陽が顔に差しても歩行は止まらず、南半球に引っ込んだ太陽と入れ違いに月が顔を出した頃、ようやく野営場所が確定した。
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「ここはもはや周縁部ではない。敵の勢力下だ」厳かな口調でHID6が告げる。「二人ずつ組んで見張りをする」みんな無言で頷いた。事前の打ち合わせ通り、前半の組み分けは僕とHID23に決まった。意図は分かりきっている。企みを知っている者とそうでない者で組む形に振り分けたのだ。寝袋を引き出す間際、二人が視線を交わしたのを見逃さなかった。
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顔を向けなかったのは正解だ。今の僕はムッとしているに違いない。肌感覚として内勤のインターフェイスに老人や女性が多いのは事実だが、決して軽んじられる仕事ではない。内勤に従事する基本入力インターフェイスがいなければシェルターはとっくに崩壊していただろう。言葉少なめに、せめて嫌味を投げつけてやる。
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「その老いぼれや女がいないと僕たちはトイレもできないんだけどね」
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「それが問題だ……いや、まあ、そうだな」
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明らかに、HID23はなにかを言いかけてやめた。問いただそうとしたところで、ちらりと暗闇の奥が光った。「ねえ、あそこ光らなかった?」隣のベテランの見解を待つまでもなくさらに二度光る。次第に光は激しく交錯する。前回と違ってひどい荒れ模様だ。「銃撃戦というよりは乱戦だ」しばらくするとそれらはぶつりと途絶えた。
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明らかに、HID23はなにかを言いかけてやめた。問いただそうとしたところで、ちらりと暗闇の奥が光った。「ねえ、あそこ光らなかった?」隣のベテランの見解を待つまでもなくさらに二度光る。次第に光は激しく交錯する。前回と違ってひどい荒れ模様だ。「銃撃戦というよりは乱戦だ」やがてそれらはぶつりと途絶えた。
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「どっちかが勝ったのかな」
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今度こそ照準から顔を離して目を合わせる。同僚は興奮がちに言った。
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「あんなに近いと相打ちの可能性もある。とにかく、他のやつらを起こさねえと――」
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10
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その日は全員起きたまま警戒にあたったが、二度目の襲撃はなかった。奇襲役の夜勤<ナイト・シフト>がこちら側を一人も削れずに死んだので操作介入を諦めたのだろう。肩に深手を負ったHID23は、寝袋で即席の担架を作って交代で運搬することになった。
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幸いにも前日の進捗が良好だったおかげでさほど苦労せず目的地にたどり着いた。HID6が「ここだ」と言った場所は、前方に半壊した建物がいくつか建っているだけで納品物の鉱石が転がっていそうにはない。かといって地下施設や家屋を目指す動きもない。いよいよ僕は例の企みが実行に移される兆候を感じた。
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天気は曇り。空を覆う灰色の重圧に圧されつつも、前日の進捗が良好だったおかげでさほど苦労せず目的地にたどり着いた。HID6が「ここだ」と言った場所は、前方に半壊した建物がいくつか建っているだけで納品物の鉱石が転がっていそうにはない。かといって地下施設や家屋を目指す動きもない。いよいよ僕は例の企みが実行に移される兆候を感じた。
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「今から見慣れない連中が来るが、慌てるなよ」
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彼がそう言うが早いか、建物の隙間の遠くから徐々に走行音がうなり、基本入力インターフェイスたちが電動バイクを駆って現れた。二人ともグレイの作業服を着ている。競合他社のインターフェイスだ。退路を塞ぐ形で僕たちの来た道にバイクを止めて降りると、直立不動の体勢で電動銃を突き出す。銃はバイクに似て黒く角ばっていて、僕たちのよりもだいぶ洗練されている。担架に両手を塞がれている僕たちは早くも形勢を失った。HID45が「なんだこいつらは」と叫んだが、HID6は無視して二人に話しかけた。
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「誰も武装していない。銃を下ろしてくれ」
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@ -530,6 +530,7 @@
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「でもそうしたら、他のインターフェイスとか情報体の人たちはどうなるの、僕たちの会社の」
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「どうでもいいだろ、そんなこと。やつらもおれたちのことなんか気にかけちゃいない」
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僕はHID6の目をじっと見つめた。濃い茶色の眼差しには嘘みたいに真実味が宿っていた。
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ごろごろと鳴った雲からぽつりと雨粒が落ちてくる。一滴、二滴と数を数え、五滴を超えた辺りで言った。
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「分かった、会社にこだわりはないよ」
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「……おれもだ」
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「そうか、よし」
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今の彼は隙だらけだ。
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後方のHID45とさりげなく視線を合わせた。今まさに、電動銃をもう片方のグレイに差し出すところだった。横顔に浮かぶ不安な目元が、交差するとかすかに瞬いた。
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やれる。
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刹那、僕は背嚢から塩の鏃を抜き取り、広々とした背中に突き刺した。ちなみに、塩のモース硬度は二.〇以上もある。実は石膏よりも固い。尖った先端は彼の筋肉の中に吸い込まれるようにして入っていき、手のひらに生々しい嫌な感触を残した。彼の野太い絶叫が辺りにこだまする。グレイたちの注意がそれた。
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刹那、僕は背嚢から塩の鏃を抜き取り、広々とした背中に突き刺した。ちなみに、塩のモース硬度は二.〇以上もある。実は石膏よりも固い。尖った先端は彼の筋肉の中に吸い込まれるようにして入っていき、手のひらに生々しい嫌な感触を残した。彼の野太い絶叫が周囲にこだまする。グレイたちの注意がそれた。
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入れ違いに、HID45が銃身を振り払って構えると眼前のグレイに向けて発砲した。続けて、グレイの片割れにも運動エネルギーの圧力を浴びせる。後には顔を苦痛に歪めた元同僚が残された。
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「やりやがったな」
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「この件は帰ったら直ちに報告する。覚悟しろ」
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@ -556,7 +557,7 @@
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11
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グレイたちの電動バイクは僕の背丈にもよく適応して動いてくれた。またがってハンドルをひねると、まるで自律的に重心を保っているかのようにまっすぐ走り出した。荒道をものともせず進み、振動もほとんどない。流れゆく景色はさほど時間が経たないうちに濁った白の地平線に置き換わった。滑らかな擦過音と響く風のうなりに紛れて、背後からエネルギーの弾道が空気を切り裂いてやってくる。
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グレイたちの電動バイクは僕の背丈にもよく適応して動いてくれた。またがってハンドルをひねると、まるで自律的に重心を保っているかのようにまっすぐ走り出した。荒道をものともせず進み、振動もほとんどない。流れゆく景色はさほど時間が経たないうちに濁った白の地平線に置き換わった。濡れた擦過音と雨風のうなりに紛れて、背後からエネルギーの弾道が空気を切り裂いてやってくる。
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ハンドルを強く握りしめながら振り向くと、HID6もバイクを駆って迫ってきていた。大型の電動銃を片手で器用に操りながら銃撃を重ねている。僕は時々、左右に車体を揺らして射線をずらして対応した。しかしこれこそが元同僚の狙いに違いなかった。直線に移動し続ける物体と多少なりとも蛇行する物体では、走行性能が同等なら次第に間隔が縮む運命にある。
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やがて当初のリードは段階的に縮小していき、一〇〇メートル以上はあった間隔は五〇メートル前後にまで狭まり、電動バイクのタイヤが再び土を踏む頃には叫び声が届くほどになっていた。事実、後方から彼の怒声が聞こえた。
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「やっぱりこれが一番楽しいな!」
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