--- title: "マンション自治会怪異退治係" date: 2022-06-06T12:10:05+09:00 draft: false tags: ["novel"] ---  昼下がりの静寂を突き破るがごとく打ち鳴らされたチャイムに、僕は結構な怒りを覚えつつ応じた。例えるなら「はあい」と「あ゛あ゛?」の中間をとったぐらいの感じだ。  やや大げさにドアを開け放つと、そこにはいつか見たような顔つきの老人が立っていた。記憶は曖昧だがきっと同じ階の住民に違いない。瞬時に公共的な表情を取り繕った僕に、それを知ってか知らずか老人はぶっきらぼうに言った。 「あんたに決まったから」 「はい?」 「自治会の」 「ん?」 「アレの係にだよ」 「……と申しますと?」  会話を三往復したのに有益な情報はてんで手に入らなかった。いまいち要領を得ないなと訝しんでいると、驚くべきことに当の老人はもっと呆れた顔をしていた。どうやら要領を得ていないのは僕の方だと考えているらしい。歪んだ形の口元からハア、とため息を漏らすのが聞こえた。 「あんた、ここ住んで何年目?」 「今年からなので……まあ、半年くらいですかね」 「ここに入った時の契約書覚えてる? 自治会に強制加入なんだけども」 「ええ、それはもう、はい」  言われて初めて思い出したのは内緒だ。自治会という組織があれこれやっているのは知っているが、その一員に僕が数えられていたのは正直言って心外でしかない。こういうのってボランティア活動とかが好きな人たちの間で勝手に回っているものじゃないのか。 「昨日あったんだよ集会が。あんた出てなかったみたいだけど」 「昨日? ――まあ、色々忙しくて、はい」  初耳だ。 「それであんたがアレの係に決まっちゃったんだよ。いなくてもくじ引きで決まっちゃうからさ、こういうのは。だっていないから抜かそうなんて言ったら、来てる人の方が損するだろ」 「ウーン、なるほど。それで、アレというのは?」  これでまた話をそらされたらどうしたものかと思ったが、ついに老人は明確に回答をよこしてくれた。 「『怪異』の退治係。出るんだと、来週中に。会長のお告げだ」 「はあ?」  もっとも、回答が明確だからといって僕の理解が及ぶかどうかは別問題なのだけれども。 ***  思えばこのマンションを内見した当日の時点で違和感はあった。当初の案内では十階建てと明記されていたのに、エレベータのボタンは実質的に八階までしかなかったのだ。なにしろ「八」に続く上階の二つのボタンは、黒のペンキかなにかでべったりと塗りつぶされていたのだから。  内見に同行した不動産屋の営業マンは僕の怪訝な視線を感じとってか「昔はちゃんと十階あったんですよ」とまるで意味の通らないフォローをした。言い返そうとしたところちょうど内見予定の部屋がある八階に到着したので、その場はうやむやになってしまった。  それになんといっても家賃が安かった。自治会に強制加入させられるとか、築年数がだいぶ経っていて設備が古いとかの欠点はあるにせよ、駅から徒歩十分でこの安さは東京では考えられない。  結局、例の営業マンの「実を言うとここが埋まったら満室なんですよ」との殺し文句に押され、そのまま印鑑も捺してしまった。賃貸借契約書? 確かに読むように言われたがたぶん三行くらいしか読んでいない。これが自己責任かと言われれば、まあ自己責任かもしれない。 「いや、でもおかしくないっすか、退治係って」  僕は動揺丸出しの震えた声で反論を絞り出した。 「普通、そういうのは委託の退治業者がやるでしょう? 僕が前住んでたところだって――」  ハァーッという老人の深いため息に発言が遮られた。ついでに頭もボリボリかいて苛立たしさ倍増といった装いだった。 「あんた、東京出身?」 「あ、はい、そうですが」 「あのな、ここは埼玉なんだよ。埼玉にそんな上等なマンションがあるかよ。あんた、旅行とかする?」 「いえ、あまり」 「世間知らずな兄ちゃんだな。埼玉でもどこでも、駅から離れた場所にマンションなんてねえだろうがよ。頭が高いと出るからな。アレが」 「怪異がですか」 「ここは築四十七年でアレが出る前だったから建ってるけどな、お上も補助金は予算がどうとかぬかしやがって……だから自治会がやらなきゃいけねえんだ」  気づけばひどく乱暴な言葉遣いになっている老人の態度はもはやさして気にならなかった。いよいよ現実味を帯びてきたというか、拒否権などなさそうな様子がありありと実感できたのだ。 「本当に僕が怪異を退治しなきゃいけないんですか」  意味はないと知ってなおすがるように確認をとる僕への老人の返答はぞんざいだった。 「ああ。決まりだからな。どうしてもっていうんなら強制退去になっちまうが、そりゃ困るだろ」  めちゃくちゃ困る。引っ越し費用で貯金をだいぶ切り崩したばかりだ。そもそも会社をクビになっていなければ東京を離れたりはしなかったが、少なくとも再就職するまではどこにも動けない。 「退治係は僕一人でやるんですか」 「いんや」  老人は頭を振った。 「俺もそうだし、もう一人いる。やらざるをえねえだろ、だって」 「だって?」 「あんた知ってるだろ、ここはもともと十階建てだったんだぞ。俺もこの歳で引っ越しなんてやりたくねえよ」  そうだった。僕たちの住む場所は、八階。黒のインクでべっとりとボタンを塗りつぶされた十階と九階のすぐ下の階だ。 ***  老人に誘われるまま招かれたのは彼の居室だった。表札には今時珍しく豪奢な書体で「斎藤」と書かれている。老人の苗字は斎藤と言うらしい。 「ほれ、入って。もう一人のやつは来てるから」  ドアを開け放った先に踏み入れるとなんだか奇妙な感じがした。居室の間取りがほぼ同じでも家具や敷物が違うとかえって違和感が際立つ。入退去を経て一応の手入れが施されていた我が家と異なり、斎藤老人の根城はどこか侘びた雰囲気を醸し出していた。 「俺、建った頃から住んでんだ。昔はきれいだったのになあ……」  独り言なのか言い訳なのか、小声にしてはよく通る彼の声に応えたのは僕ではなく、奥の居間にいる別の老人だった。 「いやいや俺んとこはもっと汚えよ」  居間に続く引き戸が開いていたので玄関口の様子が見えたらしい。もう一人の老人はちゃぶ台の手前に座っていたが、上半身だけひねって僕に顔を向けていた。老人特有の相手を品定めする視線だ。斎藤老人との違いと言えば、背がやや低く、髪の毛はやや少なく、顔の形はやや整っている。 「あんたが田中さん?」 「はあ」  どちらともつかない返事で認めた僕に老人は破顔して矢継ぎ早に質問を繰り出した。 「あんた若えな! こんなオンボロマンションに若いのが入ってくるなんて珍しいなあ。訳ありか? ん?」 「ええ、まあ、ちょっと」 「あんた――あんたはもうよくねえな。田中さんよ、こいつ、山崎ってんだ。俺と同じくらい長く住んでる」 「よろしくな! いやあ、若えのがいて助かるよ。好きにくつろいでくれ」  いや、この部屋はあんたの家じゃないだろう、と心の中で突っ込みを入れたが斎藤老人の反応の方がわずかに早かった。 「なに勝手に言ってんだ、ここは俺の家だ。お前は茶でも入れろ」 「アホ言え、茶は主人が客に振る舞うもんだろ」  やり返しつつも山崎老人はのろのろと立ち上がり、足腰の動きこそ緩慢だったが手慣れた様子でキッチンの棚を物色しはじめた。茶筒をすぐに取り出したところを見るに、二人の仲は相当に親密と推定できる。僕はあくまで斎藤老人の足並みに合わせて居間に腰を落ち着けた。 「ほら、茶だ」  やがて緑茶の入った湯呑みが運ばれてきた。僕が「ありがとうございます」と言っておずおずとそれを受けとると、山崎老人はニヤッと笑って歯抜けの目立つ口元を晒した。緑茶からは普段馴染みのない鋭い苦味が感じられた。 「お前、濃いよこれ」  斎藤老人の文句を無視して山崎老人は言った。 「それで、田中さん。あんたアレをやるのは初めてか?」 「ええ、そりゃもう」 「見たこともないんか?」 「テレビとかで再現映像なら……」  怪異はどんなカメラにも写らないとされている。実際の姿を知っているのはそれこそ退治業者か、関係省庁の官僚か科学者か、さもなければ不運な人くらいだ。ただ、昔は着ぐるみや絵で模られていた怪異の再現映像がこのところは精巧なCGで作られるようになってきており、先に挙げた有識者曰く、市井の人々が抱く怪異像は現実のそれにかなり近づいているらしい。  特にアメリカのは映画じみた迫力がある。まあ、"KAII"と称する映画のジャンルもそれはそれであるのだが。 「お二人は怪異を見たことがおありなんですか」 「おうよ」 「前に俺らも係が回ってきてな」  二人の老人は自慢げに答えた。続けて、山崎老人の方が言った。「会長のやつビデオに残ってるだろ。見せてやれよ」彼は部屋の片隅に乱雑に積まれたビデオテープを顎で指し示した。 「昔、テレビ局が取材に来たんだよ」 「はあ」  僕があやふやな態度に終始しているのをよそに斎藤老人はビデオテープの山から一本抜き取り、ひとりでに視聴の準備を進めた。テレビそのものは現代的な薄型液晶だったが、それを支えるテレビ台の中段に据え置かれたビデオデッキはいかにも鈍重な風情を湛えている。くすんだ銅色の筐体は本来の彩色なのかはたまた経年劣化の証なのかもはや区別がつかない。ビデオテープが差し込まれると、デッキはカチャカチャと騒がしい音を鳴らして起動した。 『家内安全、経理部長〜♪ 商売繁盛、わしゃ社長〜♪』  画素の粗い映像とともに音割れ気味の音声が流れはじめる。老若男女の間延びした斉唱が終わったかと思えば、白背景に青色の文字がデカデカと表示された。 『TOSBAC オフィスコンピュータは東芝』  続いて電子レンジのコマーシャルに入ったあたりで、急にデッキがキュルキュルと唸って映像が飛び飛びになった。斎藤老人がリモコンの「早送り」ボタンを押したのだ。ビデオにはシークバーがないため、目当ての箇所にたどり着くまで高速で進む映像を眺めていなければならない。冷蔵庫のコマーシャルが終わったところで老人は早送りを止めた。 『今、私たちは埼玉県のとあるマンションに来ています。昭和五十二年に初めて確認されてから早二年、国内ではこれでちょうど十件目となります一連の怪異現象は……』  昔の男性キャスターに特有の神経質そうなナレーションと入れ替わりに、テレビカメラを通したマンションの姿が映された。映像の下部には『埼玉県内の新築高層マンション』とテロップが添えられている。粗い画素でも美しく映る純白の外壁は、もともとベージュ色の建物だと思い込んでいた僕に少なからず驚きを与えた。  『生存者の証言』と題されたテロップの後にテレビが若い女性を映し出した。身なりは上品に整えられ、化粧もしているようだが、目の周りには隠しきれないクマが色濃く浮かんでいる。やがて女性はたどたどしく喋りはじめた。 『とても……恐ろしい体験をしました。大きくて……黒くて……腕ほどもある鉤爪で……こう』  女性は言いながら腕をゆっくりと上に掲げ、それから斜めに振り下ろした。映像の方も腕に焦点を合わせて上下した。 『お隣の谷野さんを殺したんです。きっと、他の人たちも』 「何度見ても若えなあ、あのバアさんが」  山崎老人がテレビを観ながら大きい声で言った。斎藤老人も「こん時はハタチかそこらだったからなあ」としみじみ頷いた。経緯を解さない僕に彼は「この人が自治会長だ」と教えてくれた。 「自治会長? 会長って……」  僕がそのキーワードで思い出したのは斎藤老人に先ほど言われたことだった。 『――出るんだと、来週中に。会長のお告げだ』 「ああ。見ての通り、十階の生き残りなんだが――次にいつ『出る』のか、分かるようになっちまったんだ」 ***  **『――昭和五十四年、昭和六十一年、平成五年と過去に三回もの怪異現象に見舞われた、埼玉県与野市に佇む高層マンション。住民たちの熱烈な支持を受けて初の女性自治会長に就任した篠木芳子さんは、怪異退治業者に依存した昨今のマンション防衛体制を厳しく批判している。”前もって備えておけば、住民の力で十分に家を守れるはずなんです。”そう語る彼女は、昭和五十四年に起きた怪異現象の唯一の生存者でもある。……』**  僕は斎藤老人が手渡してきた昔の週刊誌の切り抜きを黙読した。「この篠木芳子さんってのが自治会長だ」と彼は言った。 「で、今はここの二階に住んでる」  山崎老人も口を挟んだ。 「怖くてたまんねえって、あん時は誰も彼も引っ越していったんだけどよ、まあ、滅多に起きるわけじゃねえし、起きる時はマンションならどこでも起きるってんで、今は満員御礼なわけよ。家賃安いしな、ここ」 「次にいつ『出る』か分かるというのは……」 「予知みたいなもんかね。今んとこ全部当ててる。九階の時はずいぶん助けられた――で、俺らはそん時にやったんだ」 「結局、しくじったんだけどな。昔と違ってみんな足腰が弱っちまったから」 「九階のはあんま死なんかっただけマシだろうよ」  山崎老人はゲタゲタと独特な笑い声を出した。  しかし、一度消滅させられた空間は更地にしても返ってこない。全国各地に点在する消滅区画は土地再開発の妨げになっていると以前にヤフーニュースで読んだことがある。  テレビに映る昭和の風景はいつの間にかまたコマーシャルに変わっていたが、斎藤老人がリモコンで「一時停止」スイッチを押したので映像はたちどころに止まった。 「ま、そういうことだ田中さん。会長が来週中にアレが出るって言ったから自治会で集会をやって、あんたと俺らがくじ引きで選ばれた。上手くやればしばらく安泰。しくじれば死ぬか、八階が消えて仲良く引っ越しだ」  彼はきっぱりそう言い切って湯呑みの中の緑茶を一気に飲み干した。 「やっぱ苦えぞこれ」  そんな一か八かのギャンブルみたいなノリで言われても。 「あの、さっきからやるやるって言ってますけどね」  僕は湯呑みを押しのけ、一時停止状態のビデオ映像を指差して抗議した。 「ビデオの人の――自治会長の証言によれば――ここの怪異は鉤爪を振り回して人を殺すんでしょう。そんなのを相手にどうやるって言うんです」  さらに鉤爪攻撃を模した体で腕をブンブンと振って二人を威嚇する。 「まさか刺股で戦えだなんて言いませんよね」 「いつの時代の話だそりゃ。ちゃんと自治会の予算で県から武器を買っとるわ。あんただって毎月払ってるだろ、自治会費」  危なっかしい足取りでよろよろと腰をあげた斎藤老人は、ややあって別の部屋から深緑色のケースを引きずって戻ってきた。「田中さん、悪いがもう一個持ってきてくれねえか」と言われたので僕も同じ作業を繰り返した。  ひどく重たいそのケースにはかすれた白色の明朝体で『怪異現象対策用具 戸外持出厳禁』と印字されていた。すぐ横には埼玉県の県章もあしらわれている。斎藤老人が無造作にケースを開けると、そこには映画かゲームでしか見たことのないような、大きくて黒いショットガンと銃弾の小箱が収められていた。 「え? 本物? ……マジっすか?」  僕は思わず素っ頓狂な声をあげた。 「見方によっちゃ猟銃で熊を撃つみたいなもんだ。狩りだよ狩り。俺らが狩る側だ。そう思えば気が楽だ」 「マンションの中でですか? 僕は銃なんて握ったこともない」  山崎老人は無言でケースからショットガンを鷲掴みして取り出すと、抗議を続ける僕の胸にぐいと銃身を横にして押しつけてきた。反射的に銃の取っ手を持つと彼はまたニヤリと笑った。歯抜けの目立つ歯並びの他に、銀歯がいくつも鈍く光っているのが見えた。 「ほうら、これで握った。ぶっつけ本番だから、今週までに心の準備をしておけ、な」  気圧されて曖昧な笑みを浮かべた僕は内心、心の準備ではなく夜逃げの準備を考えていた。  真っ黒なショットガンのとてつもない重みがそのまま精神的な重荷と化したかのようだった。 ***  急用ができたとあからさまな嘘をついて外に出た足が向かった先は、駅構内の不動産屋だった。二階建ての建物からなるJR与野駅の駅舎は、周辺の高層マンションを併呑する形で縦や横に広がっている。  埼玉とて駅前ならマンションがないわけではない。JR東日本こと東日本旅客鉄道株式会社の豊富な資金があればこそ、駅直結の高層マンションは退治業者を二十四時間常駐させられるのだ。その堅実な防衛体制は都内のタワーマンションに勝るとも劣らないと評されている。マンションと直結させるための拡張通路には複数のテナントが入っており、目の前の不動産屋はその一つに数えられる。 『与野 高層マンション 駅直結徒歩5分 1K 家賃15万2000円』 『赤羽 高層マンション 駅徒歩12分 1DK 退治業者委託契約済み 家賃12万5000円』 『武蔵小山 超高層マンション 駅徒歩10分 2LDK 退治業者常駐 家賃30万9800円〜』  不動産屋のガラスに張り出された賃貸広告は無職男性の僕に無慈悲な現実を突きつけた。いや、たとえ働きだしたって給料次第では払えるかどうか判らない。これまで手に職をつけようとせず、事務や営業や接客業を転々として一貫性のないキャリアを築いてきたのが僕の人生だ。職歴やキャリアをしばしば「積む」と表現するが、僕の場合は全然積まれていない。ただ横にずらずらとだらしなく並んでいるだけだ。あたかも発展を諦めた地方の町並みのように。  現状、僕は何者とも言えない。こんな半端者が就職先の多い東京近郊以外で暮らしていけるとは到底思えない。  事実上の審査落ちを告げられた僕はまさしくとんぼ返りを余儀なくされた。やる気があろうがなかろうがホームレスになりたくなければ命を張るしかない。就職難の時代にろくな職能のない人間が、さらに住居まで失って社会復帰できる見込みは限りなくゼロに近い。  ほどなくして僕はマンションのエレベータに乗りつけた。頻繁に目にしていたはずの黒く塗りつぶされた九階と十階のボタンが恨めしく見える。腹立ち紛れに九階のボタンを叩いてみると手にはしっかり押し込まれた感触が伝わってきたが、やはりそれが光って反応を示すことはない。エレベータは八階に着いた後、上には向かわず下階に降りていった。  僕は諦めず階段に向かったが、間もなく無駄を悟った。九階に続く階段の手前は防火扉で完全に塞がれていた。しかも、隙間という隙間がダクトテープで目張りされている。防火扉の中央には風化した紙面に手書きの文字で『空間消滅につき立入禁止 与野パレスマンション自治会』と書かれてあった。消滅した空間とやらを目視する試みは頓挫した。  八〇二号室の我が家に帰る道すがら、僕は八〇五号室の斎藤老人の居室を再び訪ねた。県章が刻印された埼玉県お墨付きのショットガンケースを自室に引きずり入れ、枕元のタブレットからYoutubeアプリを起動した。検索窓に一文字ずつワードを入力する。 『ショットガン 撃ち方』  検索結果の上から一スクロール分は知らないゲームの動画だったが、じきに目的に適うものが目に留まった。動画の中のたくましい男性がショットガンを見せつけながら英語で説明をしている。その銃とケースの中のショットガンは同じモデルに見えた。分厚い銃身のところどころにボコボコと穿たれた穴が特徴的だった。  タブレットを立てかけて映像を流しっぱなしにしながら、僕は慎重にケースを開けてショットガンを取り出した。動画の中の男性が銃を構えたので、僕も真似をして構えた。  男が二発発射した。ダン、ダンと銃声がタブレットのスピーカーを通して聞こえたが、僕は引き金を引かなかった。中に弾が入っている可能性がないとは言い切れないし、それを確かめる方法も僕には分からない。  というか、仮に分かっていても絶対にやりたくない。ショットガンの購入費用は自治会の予算で賄えても、誤射による内装の修繕費用は自腹に違いないからだ。  動画の男は次に銃身の上部を指差した。やたら分厚く見えたショットガンの銃身の一部はどうやら折りたたまれた肩当てだったらしい。手順に従うと僕のも同じ形状に展開された。  男がさらに一発、二発と撃った。僕の英検三級相当の微妙なヒアリング能力によると、肩当ての効力で反動が抑えられるというようなことを言っているらしかった。肩当ての意味を考えたらむしろそれ以外には考えられないが、なにひとつ断定できないのが僕の性分だ。  見様見真似で肩当ての末端を腕と胸部の中間にあてがい、改めて構えた。銃口の先に怪異を想定する。大きくて、黒くて、腕ほどの鉤爪があるそいつは、果たしてショットガンの一撃で死んでくれるだろうか? 退治業者は一体どんな装備で戦っているのだろうか。  気になった僕はショットガンをあたかも神具を供える司祭の厳かさでケースに収めてから、立てかけたタブレットを手に取って検索した。 『怪異 業者 youtuber』  こっちは検索結果が豊富だった。一人や二人ではない。怪異の退治業者を自称するYoutuberが大勢いた。僕はその中で動画再生数がもっとも多いものを選んでタップした。軽快なBGMとおしゃれなロゴアニメを経て、登録者数十万人の人気Youtuberが威勢よく語りだした。 『ぶっちゃけねえ、慣れなんだけどね。やつらの動きってノロくてワンパだし。いやマジで。VRゲームより余裕。たぶん、林業とか重機扱う人とかの方が死んでると思う』  画面の中の人気Youtuberは軽妙な口調とは裏腹に首元や肩幅がかなりがっしりしていた。退治業者の社員ともなれば体力測定なんかもあるのだろうか。 『えーっと、これ前の動画のコメ返しね。……退治業者の人はどんな装備で戦ってるんですか、あ、はい。これはねえ、自衛隊や警察の特殊部隊とだいたい同じです。っていうか、会社が同じものを買い付けてます。退治業者になろうとする人に元自衛官とかが多いからね。そっちに合わせた方が色々と楽ってこと。俺もそうだったし』  僕の視線はおのずと埼玉県の県章が光る深緑のケースに向いた。だとすると、このショットガンも軍隊や特殊部隊が扱う代物かもしれない。先の動画の冒頭では七発も弾が入ると言っていた。僕の記憶が正しければ、狩猟に使うショットガンには二発しか入らない。 『次のコメは……っと、えー、……仕事中に怪異に殺された人を見たことはありますか、あ〜、これね、あると言えばある。その人、先輩だったんだけどやつらにやられて大怪我しちゃってさあ、他の隊員が一緒に離脱して病院に運んだんだけど、結局ダメだったんだよね。そんで、それを聞いて……俺もなんかダメになっちゃった。……だから今はYoutuberで〜す。ウェーイ』  途中で意図せず落ち込んだ威勢を取り戻すかのように釣りあがった声音を聞いて、僕の心臓はギュッと縮こまった。  観ない方が良かったかも。僕はタブレットをタップしてYoutubeアプリを閉じた。  今日は本来であれば職務経歴書を作り込む予定だったが、もうなにをする気も起こらず漫然と横になるしかなかった。 ***  横にはなったが眠れたとは言っていない。普段でも気になった動画を追ってつい夜更ししてしまうことはあったが、これほど緊迫感に駆られて観た試しはさすがにない。奇怪な髪型や格好をしたYoutuberたちが語る、怪異に関するありとあらゆる情報を僕は貪るように吸収した。昼過ぎになってようやく疲労困憊の末に眠っても、起きた途端に別の動画を漁った。  斎藤老人の家も再度訪ねた。少なくとも実戦経験者であろうから、なにか作戦があるのではないかと期待したのだ。ところが斎藤老人と、なぜかまた一緒にいた山崎老人の言う作戦は至極単純なものだった。 「んなもん、アレが出たら鉄砲構えてズドンと撃っていきゃええだろうが」  結局、次に二人と顔を合わせたのは日曜日が過ぎ、月曜日を迎えた昼間だった。ただでさえ寝不足から回復すべく昼寝をしていた最中だったので、無闇矢鱈とチャイムをバカスカ鳴らす客人に僕は遠慮なく「あ゛あ゛?」の方で応じた。  今回はドアを開けるまでもなく二人の老人が交互に叫んでいるのが聞こえた。 「出るぞ! 早く準備せえ!」  それの意味するところを理解した僕は直ちに踵を返した――ショットガンケースから銃を取り出す――銃弾の入った小箱も手に取ったが――これ、このまま持っておいた方がいいのか? ――ていうか服、どうしよう――色々考えた末に、どういうわけかワイシャツと就活用のスーツパンツを着込んでいた。銃弾は箱のまま小脇に抱え込んでいる。ショットガンの方は、片手でぶら下げるようにして握った。  準備を終えてようやくドアを開けると、老人たちは僕の服装とは対極的に登山趣味の人が着るような、前面に大量のポケットを備えたアウトドアベストを身に着けていた。 「あんた、田中さんなあ、なんだそのカッコは。書類仕事しに行くんじゃねえんだぞ」  斎藤老人の呆れぶりは過去最高記録を更新したらしかった。ひしゃげた口元から盛大にため息が吐き出された。 「あっ、はい、そうですね、どうしましょう」  当然の叱咤に慌てて返事をしたが、どうもこうもアウトドア用の服装なんて僕は持っていない。 「もう時間がねえ。こいつが弾ぁ入る銃でよかったな」  山崎老人はそう言うと前面のポケットに収められた銃弾を一つずつ指先でつまみ、実に鮮やかな手さばきで銃身の底面の穴にそれらを滑り込ませていった。その動作の反復は、僕がYoutubeで調べた装弾数の上限できっちり止まった。斎藤老人も同様だった。 「見てねえであんたも弾込めろ。赤い方が頭だ――おい、ボタンは押しっぱなしにしろ」  彼の指図に急かされて僕も小脇に抱えた銃弾ケースを開封し、弾を込めはじめた。日本の、埼玉の、与野の古びたマンションの廊下で、二人の老人と一人の無職が軍用ショットガンに銃弾を装填している。こんなシュールな光景の動画がツイッターで流れてきたらまずリツイートして、いいねも押して、ついでに引用リツイートもしたかもしれない。しかし自分が当事者だとまったく笑えない。  着替えたばかりのワイシャツは六月半ばの気候も相まって早くも湿り気を帯びていた。 「手に持つところの、なんて言ったかな、まあいいや、そこ押してちょっとずらせ」  これも昨日の動画で観た通りの説明だった。フォアグリップの底部のスイッチを押しながらスライドすると、ポンプアクション式からセミオート式に切り替わる。つまり、引き金を都度引くだけで弾が撃てる。 「そうするとセミオートになるんですよ、ね?」  せめて一つでも挽回しようと博識めいた口ぶりで話すと、山崎老人はゲタゲタと笑った。 「なんだ勉強したのか? 真面目じゃねえか――」  次の瞬間――廊下の電灯が落ちて周辺が急に薄暗くなった――いや違う、昼間に電灯は灯かない。  光が消えたのだ。 「来たな」  斎藤老人が肩当てを広げてショットガンを構えた。老体ゆえ両脚の動きこそ不自然に微振動していたものの、上半身の姿勢は頼もしそうに見えた。 「そういえば他の住民の方々はどうしてるんです」 「とっくに避難したよ。あんた回覧板見てねえのかい」  山崎老人がショットガンを構えながら言った。  確かに回覧板は読んでいない。いつも機械的に隣に回すだけだった。老人と無職が廊下でショットガンをぶっ放すから逃げろとでも書いてあったのだろうか。あるいは、怪異とかいう化け物が手当り次第に人間を殺して回るから逃げろ、とでも? 「集会でも言ってただろうが。次からはちゃんと出ろ」 「次――あるんですかね、次って――」  その時だった。薄暗い廊下の奥にある、階段に続く曲がり角からぬっと現れたのは。  ビデオの中の会長が語った通りの、目測でゆうに二メートルはあろうかという巨躯。薄暗闇でも明瞭に見分けがつく漆黒の塊。そして、腕ほどもある長さの鋭利な鉤爪。まさに怪異と呼ぶにふさわしい異形が姿を露わにした。  それは人型を模していたが、顔にあたる部分には目も口も鼻もなかった。  足音もなく、ゆっくりと近づいてくる。 「あんた、横一列に立て、そこだ。構えろ」  斎藤老人は怪異から視線をそらさずに一旦構えを解いて僕を強引に並ばせた。正直な話、そうでもされなければ一歩も動けそうになかった。銃を持っているこちらが圧倒的に有利なはずなのに、全身の筋肉がストライキを起こしたかのようだった。 「二、一、で撃つぞ。いいな」  怪異との距離はまだ廊下一本分離れている。僕は震える腕を懸命に強制労働させてショットガンを構えた。昨日のうちに何度も練習した動作だ。銃口の先を怪異の胸部に向けた。 「二〜〜ッ!」  斎藤老人がやおら大きい声で叫んだ。 「一〜〜ッ!」  一発の銃声がフライング気味に鳴った後、二発の銃声が響いた。直後、僕は反動でその場にひっくり返った。肩当てから伝わる激しい振動に耐えきれなかったらしい。天井の電灯が派手な音をたてて割れ、辺りに飛び散った。  怪異は――薄暗闇の中でもがいて視線を元に戻すと、怪異の肩と脇腹に大きな凹みができているのが分かった。しかし、歩調に変化は認められない。うめき声の一つすら聞こえてこない。 「チッ、タクちゃん、もう一回だ」  斎藤老人はそう叫んで銃口をやや上に修正した。今度はカウントダウンはなかった。  二丁のショットガンが連なって吠えた。怪異の首元と胸に風穴が空き――そして、跡形もなく雲散霧消した。  え、終わり? 今ので―― 「おい! 寝転がってねえで銃構えろ! 次が来るぞ!」  間髪を入れず、八〇七号室のドアから別の怪異がぬるりと現れた。だが、ドアを開けた形跡はない。どこか違う空間を通ってすり抜けてきたのだ。  再び二発の銃声。現れたばかりの怪異は即座に立ち消えた。 「後ろだ!」  山崎老人の怒号に呼応して、斎藤老人の身体が振動しながらじわじわと百八十度回転した。  僕はといえば、すっかり横になって固まったまま事の成り行きを眺めていた。なんだか目の前で繰り広げられている熾烈な戦闘がまるで他人事のように感じられた。この調子で二人の老人に任せたら僕はなにもしなくても助かるんじゃないか、と、そんな考えに支配されていたのだった。 「そろそろ弾切れだ」  五体目の怪異を倒したところで斎藤老人が言った。 「なあ、あんた、そろそろ働いてくれねえと追い詰められちまうぞ」 「あっ、いえ、その、僕はもういいんで、銃、使います?」  突然呼ばれたので、僕はしどろもどろに答えてショットガンを二人に差し出した。斎藤老人はついにため息を吐かなかったが、代わりに僕を鋭く睨みつけた。 「じゃあ弾込めやるか? 引き金を引く方がまだ簡単だろうがよ」 「あの、僕、できればやめたいんですが」  僕は必死だった。眼前の敵に立ち向かうのではなく、味方に仕事を丸投げする方に全力を傾けていた。 「人生をか? 馬鹿言ってんじゃねえぞ。階段はとっくに防火扉で塞がれちまってる。俺らがコレを片づけねえ限りは開けちゃならねえんだ」  苛立ちが頂点に達したと見える斎藤老人がとうとう銃の構えを解いて、僕の胸ぐらを掴みかけた、その時だった。 「トモやん危ねえ!」  山崎老人が銃身の側面で斎藤老人を押しのけた。足腰の弱い二人の老人は、いともたやすく床に倒れ込んだ。  直後、ギャギャギャという嫌な金属音が耳を擘き――僕の家の――八〇二号室の――ドアに三本の太い爪痕が刻み込まれた。背後から忍び寄っていた怪異がいつの間にか鉤爪の届く範囲まで接近していたのだ。初手を仕損じた怪異はわずかに体勢を崩したが、すぐに上半身を反転させて鉤爪を振り上げた。  一発の銃声。  寝転がった状態で山崎老人が最後の銃弾を放った。頭部にクリーンヒットしたおかげか怪異は一撃で速やかに霧消した。 「ア〜〜〜〜だだだ」  斎藤老人が床で苦しそうにうめいた。 「さっきので腰をやっちまった」  山崎老人も似た状況らしく、床に散らばった銃弾を伏せたままかき集めていた。 「俺も脚が動かねえ」  二人の老人は実質的に戦闘能力を失った。いくら実戦経験者でも寝ながらでは軍用ショットガンの反動は御しきれない。かといって、確実に当たる距離まで接近を許したらいずれジリ貧に陥ってしまう。  これって、僕のせいか? 僕のせいなのか? いやいや、おかしい話じゃないか。くじ引きで押しつけられた役割をこなせなかったからって負い目を感じるなんて。そもそも就活だって本当は自分の意志じゃないだろとか思ってるくらいなのに。やりたい仕事? あるわけないだろ。なんでよりによってこんな理不尽な仕打ちを受けなくちゃいけないんだ。次の人生がタワマン生まれじゃなかったらへその緒で自分の首を締めて死んでやる。 「おい、田中さんよ」  腰をやられたトモやんこと斎藤老人が口を開いたので、僕は肩をビクっと震わせた。おそるおそる彼に顔を向けると、汗でびっしょりと濡れた皺の深い額が見えた。薄暗闇に目が慣れていたのか、至近距離だと互いの表情がはっきりと判った。  彼はいかにも不慣れそうに笑顔を取り繕って言った。 「あんた、その銃の必殺技知りてえか? 知りてえだろ?」 『フランキ・スパス12の肩当てには一風変わった機能があります。それがこのフック状の突起です。腕にフックを引っかけて銃を構えると――』 「――片手でも撃てるって寸法よ」  息も絶え絶えに語る斎藤老人直伝の『必殺技』は、動画で昨日聞きかじった内容と同じだった。そうでなければきっと手早く装着できなかっただろう。腕に食い込まんばかりに固定されたショットガンは、先ほどとはうってかわって手や足のように制御可能な身体の一部に感じられた。 「こうすりゃ銃は絶対にブレねえ。あんたが自分で投げ捨てなければな」 「頼む、俺らの代わりに戦ってくれ」  新たな怪異が間近に迫っていた。 ***  階下の防火扉を開け放ったのは用意された銃弾の半数近くを消耗した後だった。倒した怪異の数が両手に収まりきらなくなったところで廊下が明るくなったので、僕たちは一様に生還の喜びを噛み締めた。しかし、防火扉のすぐそばに詰めかけていた大勢の住民たちは違った。 「二階の」 「篠木さんが」 「自治会長が」 「怪異になった」 「何人も殺された」 「上に逃げたら下に戻れなくなった」 「とりあえず一番上の七階に逃げてきた」  異口同音に各階住民たちががなりたてる事態の概要は凄惨を極めた。  自治会長の篠木芳子さんは、怪異になった。  廊下で恒例の井戸端会議中にいきなり怪異に変化した彼女――もはやそう呼ぶべきか定かではないが――は、数秒前まで仲良くお喋りしていたお隣の酒井さんをさっそく串刺しにせしめた。ついでに向かいに住む寺川さんも切り刻んだ。  悲鳴と騒音を聞いて駆けつけた住民たちは地獄絵図を目の当たりにして叫び声をあげ、その声がさらに他の住民を呼び、上へ下への本能的な逃避行を招いた。上に登った方と、もともと上階に住んでいた住民は袋小路に追い込まれた格好となった。 「二階は篠木さんがうろついてるから行けねえ。どうする」  住民の一人が叫んだ。 「三階まで階段で下りて、窓から飛び降りるというのは?」  僕は住民たちに訊ねた。怪我はするかもしれないが命が助かる公算は大きい。だが、皆の反応は薄かった。 「そこから外を見てごらんよ」  別の住民が階段の踊り場に備えつけられた小窓を指差した。僕は介抱していた斎藤老人を住民たちに任せ、小窓を覗いた。  外がない。  なんとも間抜けな言い草だがそうとしか言い表しようがなかった。通常、大雨だろうがなんだろうが、開いた窓の向こう側が灰色一色に塗りつぶされているなどということは起こりえない。興味本位で小窓に手を伸ばしかけると、住民たちの大声によって制止させられた。 「やめろっ、手を出すな」 「一体なにが?」 「俺、三一二号室の真田っつうんだが、お袋が窓開けて、首出してよ、それで……」  真田と名乗る中年男性の口上は徐々にか細く弱々しくなっていった。 「死んじゃったのよ、真田さんのお母さん。首から先がなくなっちゃって」  隣に立っていた年配の女性が後を引き取った。 「ってことは、ここいらは消えちまったようなもんだな」  ぎっくり腰の痛みに顔を歪める斎藤老人が結論を出した。 「アレは出てねえようだが、上と下で挟まれてるから……いずれは……」  山崎老人もぼそぼそと言った。  つまり、二階の空間が完全に消滅してしまったら、たとえ三階から八階が無事でもどのみち生き残れない。いつか僕たちは餓死してしまう。一度消えた空間が復活したなんてニュースには見覚えがない。  僕は片手でぶら下げていたショットガンを両手で強く握り直した。住民たちの人だかりに割って入り、通り抜けて下階へと足を進めた。 「ちょっと、なにしに行くの」  住民の一人が背後から訊ねてきたので、振り返って答えた。 「僕、自治会の怪異退治係になっちゃったんですよ」 了