From e93f5b73b54fe19196aa347ee3a17c1eac1bfb41 Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Rikuoh Tsujitani Date: Sat, 16 Sep 2023 22:49:02 +0900 Subject: [PATCH] fix --- content/post/夏の公死園.md | 14 +++++++------- 1 file changed, 7 insertions(+), 7 deletions(-) diff --git a/content/post/夏の公死園.md b/content/post/夏の公死園.md index 46fa41a..3045c59 100644 --- a/content/post/夏の公死園.md +++ b/content/post/夏の公死園.md @@ -11,19 +11,19 @@ tags: ['novel']  だだだだ、と硬式小銃特有の低い銃声が聞こえた。遠くでは、わああっ、と観客の歓声が波のようにこだまする。敵か味方か、どちらかがやられたらしい。観客席から見える大型の液晶画面でも、試合を中継しているテレビでも、各選手の仮想体力は常に表示されていて残り何発持ちこたえられるのか、何発撃てるのかが把握できる仕組みになっている。さらには複数の望遠カメラが刻一刻と変化する戦場の様子を捉えて、選手たちのここ一番の勇姿を映し出す。帝國中の臣民が関心を寄せる公死園の準決勝ともなれば、その視聴率は相当な規模だ。  勇は緊張のあまり息が詰まりかけた。監督の助言を思い出す。目を見開いて、腹の底で深呼吸を繰り返す。戦闘服の胸元に刺繍された帝國実業の校名が見える。彼はだんだんと気持ちが静まっていくのを感じた。一転、腰を落とした状態で建物の上階へと上がった。  ここへ入った理由は戦場を俯瞰するためだった。通常、背の高い建物は取り合いになるが序中盤の戦いで各方面に敵味方が散った現状では、むしろ忍び込みやすい戦況に変化している。残弾数で優勢を誇る敵は鉢合わせの混戦に至る危険を懸念して、平地で手堅く制圧戦を仕掛ける腹積もりなのだろう。 - 一方、ろくに連絡もとれず残弾も心許ない帝國実業は一発逆転を目指すしかない。狙うは応射の難しい高所から頭部への一撃だ。例外なく一発で仮想体力を奪い去ることができる。上階にたどり着き身を伏せた姿勢から慎重に窓を覗き込む。戦場の概観がじわじわと目の前に広がった。やや遠くに戦場を左右に貫く二車線道路が見える。手前には商店街を模した背の低い建物が並んでおり、こちら側に近づくにつれて建造物は住宅地の気配を帯びて密度が高まる。道路の向こう側には朽ちて荒廃した街並みが再現されている。当然、斜線が通りやすいそこに味方はいないだろう。だが……。 + 一方、ろくに連絡もとれず残弾も心許ない帝國実業は一発逆転を目指すしかない。狙うは応射の難しい高所から頭部への一撃だ。例外なく一発で仮想体力を奪い去ることができる。上階にたどり着き身を伏せた姿勢から慎重に窓を覗き込む。戦場の概観がじわじわと目の前に広がった。やや遠くに戦場を左右に貫く二車線道路が見える。その手前には商店街を模した背の低い建物が並んでおり、こちら側に近づくにつれて建造物は住宅地の連なりを帯びて密度が高まる。道路の向こう側には朽ちて荒廃した街並みが再現されている。当然、斜線が通りやすいそこに味方はいないだろう。だが……。  硬式小銃の倍率照準で覗いた先に、崩れた建物の壁で小休止をとっている複数の人影があった。生き残りの四人がまとまって周囲を警戒している。予想通り、弾薬を温存した韋駄天学園は面制圧で押し切る方針に固めたようだった。勇はドーランを塗った額から目元に垂れる汗を拭って、そっと小銃を窓枠に立てかけた。 - 理想は一人一発で四人、現実的な見立てでも二人は仕留めたい。照準の向こうに映る四人のうちでもっとも動きの少ない一人に狙いを定めた。赤い点が敵の足元から腰、腰から胸、そして頭へと這うように移動して、勇の息が落ち着くにつれ左右のぶれが収束する。引き金の指をかける。敵はまだ動かない。 - 実弾よりも柔らかく大きい硬式弾は距離減衰が甚だしい。ある地点からくの字を描いたように急落下する。この遠距離射撃を当てるつもりで撃つのは、西の強豪たる帝國実業主将の自負心がそうさせていた。 + 理想は一人一発で四人、現実的な見立てでも二人は仕留めたい。照準の向こうに映る四人のうちでもっとも動きの少ない一人に狙いを定めた。赤い十字が敵の足元から腰、腰から胸、そして頭へと這うように移動して、勇の呼吸が落ち着くにつれ左右のぶれが収束する。引き金の指をかける。敵はまだ動かない。 + 実弾よりも柔らかく大きい硬式弾は距離減衰が甚だしい。ある地点からくの字を描いたように急降下する。この遠距離射撃を当てるつもりで撃つ判断は、西の強豪たる帝國実業主将の自負心がそうさせていた。  勇は息を深く吸った後に、引き金を絞った。 - 直後、拡大された視界の向こうで一人が側頭部に硬式弾を食らって昏倒した。耳の通信機が敵の退場を報せる。残る三人が振り返る――銃声と照準の逆光からこちらの位置を把握するまでに約五秒――二人目の頭部に合わせて放った銃弾はそれて肩口に命中した。相手は顔をしかめて背を壁に打ちつけたが、まだ退場ではない。 + 直後、拡大された視界の中で一人が側頭部に硬式弾を食らって昏倒した。耳の通信機が敵の退場を報せる。残る三人が振り返る――銃声と照準の逆光からこちらの位置を把握するまでに約五秒――二人目の頭部に合わせて放った銃弾はそれて肩口に命中した。相手は顔をしかめて背を壁に打ちつけたが、まだ退場ではない。  ひゅん、と風を切る音が聞こえた。窓の外壁に衝撃が走る。相手はすでに応射を始めている。これ以上は撃ち合っても意味がない。成果に不満を覚えつつも窓枠から引き下がろうとしたその時、倍率照準の内枠に信じられない光景が映った。 - 崩れた建物の壁、彼らが拠り所としていた遮蔽物の裏から一人の味方が飛び出してきたのだ。ひと目で判る巨体――あれはユン・ウヌだ。手にはほとんどの選手が装備品に選ばない模擬軍刀の丸まった刃が光っている。ゆうに二〇〇メートルは離れたここまでも彼の雄叫びが耳に入った。一撃で敵を退場させられる方法はもう一つある。模擬軍刀による急所命中判定だ。 + 崩れた建物の壁、彼らが拠り所としていた遮蔽物の裏から一人の味方が飛び出してきたのだ。ひと目で判る巨体――あれはユン・ウヌだ。手にはほとんどの選手が装備品に選ばない模擬軍刀の丸まった刃が光っている。ゆうに一町半は離れたここまでも彼の雄叫びが耳に入った。一撃で敵を退場させられる方法はもう一つある。模擬軍刀による急所命中判定だ。 「あの馬鹿!」  勇は肉体に刻んだ基本動作を放棄して窓枠にかじりついた。覗き直した照準の先では、盛んに軍刀を振り回すユンと敵が入り乱れている。これでは援護のしようがない。しかし、勇の耳に届いた叫びがわずかに遅れて意味のある言語として認知された。 「……てーっ! 撃てーっ!」 - 遠く彼方の味方は自分に構わず敵を撃てと伝えていたのだ。 - 一人を斬り伏せ、続けざまに斬りかかったユンはまもなく、後退して距離をとった二人の硬式弾を全身に浴びて倒れ込んだ。入れ違いに、勇の速射がまばらに二人の胴体に命中した。弾切れを知らせる撃鉄音が響く。 + 遠く彼方の味方は自分もろとも敵を撃てと伝えていたのだ。 + 一人を斬り伏せ、続けざまに斬りかかったユンはまもなく、後退して距離をとった相手の硬式弾を全身に浴びて倒れ込んだ。入れ違いに、勇の速射がまばらに二人の胴体に命中した。弾切れを知らせる撃鉄音が響く。  試合終了の笛が鳴る。  こうして、全国高等学校硬式戦争選手権大会の準決勝は帝國実業の辛勝に終わった。