From 86ea78cf051ebbfecc28d939fdc3f526b3636f05 Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Rikuoh Date: Sat, 17 Feb 2024 20:31:13 +0900 Subject: [PATCH] fix --- content/post/魔法少女の従軍記者.md | 45 +++++++++++++++--------------- 1 file changed, 23 insertions(+), 22 deletions(-) diff --git a/content/post/魔法少女の従軍記者.md b/content/post/魔法少女の従軍記者.md index 8e8f204..4ba71c5 100644 --- a/content/post/魔法少女の従軍記者.md +++ b/content/post/魔法少女の従軍記者.md @@ -32,8 +32,8 @@ tags: ['novel'] 「冗談みたいよね。大尉になったのってほんの数日前なのよ」  指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。 「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」 - 笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。 - ”ハーイ、私はメアリーです。たくさんの家族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。” + 笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。 + ”ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの家族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。” 「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」 「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」  彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。 @@ -71,7 +71,7 @@ tags: ['novel'] ---  会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍が再編されて一個中隊規模がかの地に投入されるという。圧倒的に強いとはいえやはりいたいけな少女を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから展開が中止されたのに、ここへきてそのリスクを元に戻したがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。とはいえ、各SNSの感情解析データはどれもこの発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。 - 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり二分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねているみたいで、デザインの仕様が協賛関係のためにテレビ局の意向を汲んでいると説明していた。さっそく件のスーツを着て現れた彼女が、百マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。会見中に調べてみたら、タイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。大勢の前で笑顔を振りまく彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとフードも付いている。 + 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり二分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねているみたいで、デザインの仕様が協賛関係のためにテレビ局の意向を汲んでいると説明していた。さっそく件のスーツを着て現れた彼女が、百マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。会見中に調べてみたら、タイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。大勢の前で笑顔を振りまく彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。  実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の身体は広告にはうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。  続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や表情の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。  こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。かつてSDGsという持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。 @@ -250,11 +250,11 @@ tags: ['novel'] 「これが、TOAに囚われた人々の末路です。”古き良き”をキャッチコピーにこの地に吸い寄せられた人々は、その魂を失ってもなお朽ちた肉体にやすらぎを得ることなく使役されています。このように、魔法能力の不正行使は人類全隊に悪影響を及ぼすのです。強ければ強いほど……同じ戦略兵器級魔法能力行使者として食い止めなければなりません」  滔々とした語り口調はいかにも本心そのものを打ち明けているように聞こえる。繰り返し、彼女が招集に応じた理由として述べている「公式見解」の一つだ。愛国心というほどパトリオットではなく、殺れるから殺りにきたというほどアナーキーでもない。良い線を突いている。ところが、彼女の一枚上手な点はそうしてしっかり嵌めたであろう仮面をあっさり脱いで見せることである。数秒の沈黙を経た後に、がらりと顔つきを変えた彼女は「なーんて、ね」と苦笑して肩をすくめた。 「堅苦しい話はおしまい。ちょうど私が使えるパンチングマシーンを探していたの」 - ドンッとコンクリートを数センチへこませて垂直に飛び上がる。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれないでいる。 + どんっ、とコンクリートを数インチへこませて垂直に飛び上がる。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれないでいる。  都市を抜けるとまた広大な渓谷と砂漠が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんなただ開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけでもなく、とっくの昔に航空戦力が払底して久しい敵軍の実情もあり、我々は涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがる(この動画は特に再生数が多い)彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。 「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」  事前に計画されていた時間に差し掛かるとすべての車輌が一旦停車して交代で休憩をとった。クーラーが名残惜しかったが「彼女を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。 - 持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族について話す。 + タイミングを見計らって話しかけると、持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族について話してくれた。私たちの食事は国連軍の標準コンバットレーションだが彼女は専用のものを食べている。 「じゃあ、家族はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」 「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。家族というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」 「ご両親とそのうち会ったりするつもりは?」 @@ -312,10 +312,10 @@ tags: ['novel']  道の要所を守っている警備隊は例によって上空から魔法少女の一撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。  首都が近づいてくるといい加減に荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。  度重なる空爆によって痛めつけられたこの地の首都にビルはなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、いくつかの重要な建築物を除いてはまるで入植当時の素朴な景色が遠目に広がっている。 - 陽が落ちて空が闇夜に包まれると我々は戦闘車輌でぐるりと周囲を取り囲んだ仮設の陣地を平原に構築して野営を始めた。 - 夜中は本来、ストリームの視聴者数をもっとも見込める頃合いだが、戦場で動くのに適した時間帯ではない。 + 陽が落ちて空が闇夜に包まれると我々は戦闘車輌でぐるりと周囲を取り囲んだ仮設の陣地を平原に構築して野営を始めた。 + 夜中は本来、ストリームの視聴者数をもっとも見込める頃合いだが、戦場で動くのに適した時間帯ではない。 「なんとかここまで来れたね」 - 戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保健福祉省との広告用メッセージを健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。 + 例によって各自のレーションを黙々と食べ終わった後、戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保健福祉省との広告用メッセージを健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。 「実際に、寝た方がいいのは確かよ。たっぷり七、八時間も寝たら世界が光り輝いて見えるけど、忙しくて五時間も寝られない日が続くとなにもかも壊したくなる」 「なにもかも壊せそうな君が言われるとぞっとするな」 「もちろん本当にはやらない。みんなも安心していいわよ。私が許可なく一定の分速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」 @@ -347,8 +347,8 @@ tags: ['novel'] 「ジョン・ヤマザキさん。あんた、軍歴がないっていうのは、嘘だな」  私はあっさりと認めた。 「バレちゃ仕方がないな」 -「あんなに慣れた感じに戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ。まあ何度か乗り降りさせて試しはしましたが」 - 言われてみれば確かにそうだ。目のやり場や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露見するとは。 +「あんなに手早く戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ。あと、レーションも食べ慣れている。あれって普通の人には味がかなり濃いんです」 + 言われてみれば確かにそうだ。目のやり場や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露呈するとは。  魔法少女に気に入られたフリーライターが戦場を共にする。いくらなんでもできすぎた話だ。出版社に提案したらこれも即ボツだろう。いくら彼女が強力な兵器でも国連軍という巨大な組織はそういうふうには動かない。  あの時のバックグラウンドチェックで彼らは私の軍歴を正確に把握していた。私は正直に答えたから国連軍に認められたのではない。元スパイらしくきちんと嘘をついたから認められたのだ。  ”念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。” @@ -417,13 +417,13 @@ tags: ['novel']  まるでちょっとこづかれた、とでも言わんばかりの気安さで、黒い癖毛の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと、そして悲哀に包まれていた。 「もうこんなことやめてよ、サルマ」  実際、二人の顔つきはとても良く似ていた。片方は映画の役柄のために髪の毛をブロンドに染めていたものの、彼女らの出自を示す濃いベージュの肌とはっきりとした目立ちは揺るぎない血縁を示している。 - メアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソンはパレスチナ人を祖先に持つパレスチナ系アメリカ人だ。 - 日々の礼拝のために敷物を持参するイスラム教徒である。複合素材スーツにはちゃんとフードも付いている。 + メアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソンはパレスチナ人を祖先に持つパレスチナ系アメリカ人である。 + 日々の礼拝のために敷物を持参するイスラム教徒で、複合素材スーツにはちゃんとスカーフも付いている。そして彼女の食事は専用のハラルレーションだ。 --- 以下、公式Instagramアカウントからの引用。 -『ハーイ、私はメアリーです。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』 +『ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』 彼女がなぜ招集に応じたのか、十数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。  だが招集に応じて自ら戦略級兵器になれば。  まったく合法的に妹に会いに行ける。 @@ -432,7 +432,7 @@ tags: ['novel'] 「だって、ここの人たちはあたしを必要としてくれる。外に住んでいる人と違って。あたしがいないと生きられないから」 「そんなこと――」 「あるでしょ。お姉ちゃんは合衆国に入れたのに、私は入れてもらえなかった。私たちに寛容な人たちとそうでない人たちで国を分けたって言っていたのに、全然そうじゃなかった」 - メアリー大尉の魔法能力の発現が確認されたのは公式の資料によると、八歳の頃。ちょうど内戦が勃発した時期と合致する。当時、合衆国政府が南側に門戸を開いたのは旧合衆国の国籍または永住権を持つ者に対してのみだった。戦争難民としての身分しかなかったバルタージー家は、国益に適う彼女を除いて体よく放逐せしめられたのだろう。あぶれた難民たちはTOAに留まって白人至上主義者の的当てに使われるか、メキシコ側に逃げるしかない。その渦中で、妹の方も遅れて発現した。 + メアリー大尉の魔法能力が発現したのは八歳の頃。内戦が勃発した時期と合致する。当時、合衆国政府が南側に門戸を開いたのは旧合衆国の国籍または永住権を持つ者に対してのみだった。戦争難民としての身分しかなかったバルタージー家は、国益に適う彼女を除いて体よく放逐せしめられたのだろう。あぶれた難民たちはTOAに留まって白人至上主義者の的当てに使われるか、メキシコ側に逃げるしかない。その渦中で、妹の方も遅れて発現した。 「ここの人たちは肌が白くないと仲良くしてくれないじゃない、パパとママも、そのせいで」 「そうだね。二人とも殺されちゃった。でもたぶん、肌が白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」  飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。 @@ -447,7 +447,7 @@ tags: ['novel'] 「いいえ」  言葉に熱が帯びる。 「今は、私が決める」 - 最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。頭一つぶん背が低くとも全身から迸る圧迫感に差はない。 + 最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。頭一つぶん背が低くとも全身から迸る圧迫感に差はない。 「それならいいよ、分かりやすいから」  紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突して相殺された膨大なエネルギーが発散し、周囲に鋭く圧力を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。肺の中の空気が絞り出される圧迫感に気を失いかけたが、辛くも自我を取り戻して車輌の背面に回ることに成功した。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今が最高の視聴者数だ。  二人の魔法能力がぶつかるたび、相当に重いはずの車輌がぐわんぐわんと揺れて傾ぎ、尖塔を支える太い支柱にひびが刻まれた。数回の応酬を経て互いに有効打を望めないと悟ると、両者は一転して跳躍して距離を取り合った。手から放たれた魔法能力の塊がソニックウェーブを起こして水平に滑空する。小隊規模の兵士を瞬時に屠るほどの威力を持つこの塊を、しかし受け手側は片手を振り払っただけで横に弾き飛ばす。直後、近場で大きく爆発が起こり、蒼と紫の火柱が立ち上った。 @@ -513,7 +513,7 @@ tags: ['novel']  最初の構図通りの仁王立ちに戻った彼女が勝利を宣言する。妹にはもはや満足に言い返す気力も残っていない様子だった。 「……ずるいよ、お姉ちゃん。それって私を倒すためだけの魔法じゃん」 「戦いは計画してするものよ。刃はなるべく鋭く研いで、一撃で終わらせるべきなの」 - 戦意を失った相手を前に、彼女は光り輝く血の大剣を身体の内に取り込んだ。二人ぶんの魔力を得たこの魔法少女は歴史上において間違いなく最強の行使者だろう。 + 戦意を失った相手を前に、彼女は光り輝く血の大剣を身体の内に取り込んだ。二人ぶんの魔力を得たこの魔法少女は歴史上において間違いなく最強の魔法能力者だろう。 「それで、どうするの、これから。私を殺すつもり?」  力なく地面にへたり込んだまま妹が尋ねる。疑いようのないテロリスト、大量殺人犯、魔法能力行使法違反者に、姉は厳かに宣告する。 「いいえ。私と一緒に住むのよ。あんたが一八歳を越えるまで」 @@ -535,7 +535,7 @@ tags: ['novel']  横を見ると、戦闘車輌の後部座席に次々とTOAの兵士たちが収容されていく様子が見えた。 「殺さなかったんだな」  これにもあくまで淡々と少尉は肩をすくめて答える。 -「そりゃムカつきますけどね。散々ニガーを殺せとのたまってた連中です。実際に手を下しもしたでしょう。でも、こいつらをどうすべきかは私の判断することじゃない。決めるのは法律だ。勝手に処刑したり反乱を起こしたりする連中と一緒にはなりたくない」 +「そりゃムカつきますけどね。散々ニガーを殺せとのたまってた連中です。実際に手を下しもしたでしょう。でも、こいつらをどうすべきかは私の判断することじゃない。決めるのは法律だ。勝手に処刑するような連中と一緒になりたくない」  結局、法的手続きが一番ましな神らしい。  全員の収容が終わると、エドガー少尉は衛星通信で国境外に待機している部隊と連絡をとった。想定以上の数の捕虜を護送しなければならなくなったので自分たちが帰るための追加の車輌が必要になったのだ。  かくしてTOAことトゥルース・オブ・アメリカは名実ともに滅びた。 @@ -548,7 +548,8 @@ tags: ['novel']  調べてみると、座標の指し示す先は南極大陸だった。もちろん普通ならこんな馬鹿げたメッセージは相手にしないが、私にはこの送り主に心当たりがあった。すぐさまヘリコプターと操縦手を手配して、翌週の講演会やイベント、取材の予定をすべてキャンセルした。  現地に向かう道すがら、ふと気になってSNSを開いた。全盛期と比べるとフォロワー数は一〇〇分の一以下に減っていたが、懲りずに全文大文字で投稿している彼の調子に翳りは見られない。ショート動画での投稿もお手の物だ。  ドナルド・J・トランプ元TOA永世大統領。今年で御年八九歳になる。最先端のアンチエイジング手術を繰り返しているおかげで肌質は未だピチピチ、食事にもなにかと気を遣っているそぶりがうかがえる。語彙力はもともと小学三年生程度しかないので多少滑舌が悪ろうとも別段の差し支えはない。 - 国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人Youtuberとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしになんらかの緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。 + 国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人タレントとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしになんらかの緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。 + とんだお騒がせ者に付き従った数十名余の国軍兵士、将校、閣僚たちは一旦所轄の役所が死亡届を受理して書類上で死亡扱いにした後、改めて新設の「復活届」を提出させ、二度目以降の人生を送る人間として正式に裁かれた。仮釈放のない終身刑を下された一部の者は一体いつまで塀の中で暮らすことになるのだろう。  彼女の”領土”のすぐ手前には合衆国軍と中心として様々な国の軍隊が駐屯する基地が建設されている。私はそこで綿密なボディチェックを受けさせられ、ついになにもないことが分かるとようやく先に進むことを許された。南極の寒さはヒーターが効いた自動車を乗り降りするたびに身を突き刺すようだった。  メッセージに示された座標上には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がった途端、とてつもない暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。  予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。髪の毛もストレートパーマをかけたブロンドではなく癖のついた黒髪に戻っている。ただし、足首には今もなお枷が嵌められていた。 @@ -596,12 +597,12 @@ tags: ['novel']  二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、その時に世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行えるだろうか?  魔法能力は一八歳をピークに衰えていく。気まぐれな神が与えたもうた純粋な力だ。  ほどなくするとアイシャは「そうだ、動画案件をやらなきゃ」と言い、電話を取り出しててきぱきとショート動画の撮影準備を始めた。なんでも合衆国保健福祉省からの依頼だという。 -「ほら、動画撮るから五分黙ってて」 -「あたしが映り込んだら面白いことになりそう」 +「ほら、動画撮るから五分静かにしてね」 +「待って、あたしが映り込んだら超面白いことになりそう」  そんな妹の茶々を割に生真面目な声で制する。 -「だめ。あんたは戦争犯罪人なんだから、分別をわきまえなさい」 +「だめ。あんたは戦争犯罪人で服役中なんだから、少しは分別をわきまえなさい」 「はいはい」 -「オホン、オホン……ハーイ、今日は全米の女の子たちへ、生理中に世界の滅亡をなるべく願わないようにするコツを伝授するね!」 +「オホン、オホン……ハーイ、今日は全米の女の子たちへ、生理中に世界の滅亡をなるべく願わないようにするコツを伝授しちゃうね!」  体よくソファから追い払われた私は窓際に寄りかかった。  ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、蒼と紫と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。  七色の虹ほどはっきりとはしていない。朧げに揺れ動いている。