From 6c2c8692994a17059549cd694ecae402999846ad Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Rikuoh Date: Tue, 20 Feb 2024 19:10:11 +0900 Subject: [PATCH] fix --- content/post/魔法少女の従軍記者.md | 29 +++++++++++++++-------------- 1 file changed, 15 insertions(+), 14 deletions(-) diff --git a/content/post/魔法少女の従軍記者.md b/content/post/魔法少女の従軍記者.md index 34a2df9..f547d0a 100644 --- a/content/post/魔法少女の従軍記者.md +++ b/content/post/魔法少女の従軍記者.md @@ -128,7 +128,7 @@ tags: ['novel'] 「ええ、もちろんお受けするつもりです。確かに私はこの種の経験がまったくありませんが、誰にでも最初はあるものです」 「なるほど」  さらに何行ぶんかの文章を打った後、職員の彼女は脇から取り出したタブレット端末を差し出してきた。 -「では、こちらに署名をお願いします。私ども国連組織は、今回の作戦の参加に際して被る損害、事故、怪我および疾病、後遺症、死亡等に一切の責任を負いません。公的、民間を問わずいかなる保険制度でもこれらは補償されませんので前もってご了承ください」 +「では、こちらに署名をお願いします。私ども国連組織は、今回の作戦の参加に際して被る損害、事故、負傷および疾病、後遺症、死亡等に一切の責任を負いません。公的、民間を問わずいかなる保険制度でもこれらは補償されませんので前もってご了承ください」  タブレットの殺風景な白画面に私は堂々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬一つにさえ保険金を出し渋る彼らが、戦地で負った怪我を負担するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ法的に剥ぎ取っていった。 「以上で事務手続きは完了です。念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」 「せいぜい努力するよ」 @@ -225,21 +225,22 @@ tags: ['novel']  束の間。二番目に立っていた私には彼女が息を呑む声が聞こえていた。  これは。  なにかが起きる。 - ピッ、ピッ、と馬鹿にしたような電子作動音が老婆の服の中から響く。刹那、私は彼女の目がティーンエイジャーのそれから凍てついた殺人兵器に切り替わるのを見た。放たれた銃弾を手で掴めるほどすばやく動く手でも、起爆直前の爆弾を人体から取り外すのは不可能だ。記者としての性と命を守ろうとする本能がせめぎ合う。 - 結局、前者を選びかけた私は横にいた名もなき歩兵に押し倒されて地面に伏せる格好となった。 - それでも視界にはコマ送りのように映っていた。手の先から魔法の刃を展開して、老婆の上半身は瞬時に両断された。幾分かコンパクトになった人間爆弾を抱きかかえて彼女も奥側に倒れ込む。 - そして爆発。すさまじい衝撃波が襲いかかった。鼓膜が頭ごとぶっ叩かれて私の身体は抑えつけられているにも関わらず、覆いかぶさった歩兵と一緒に後ろへ転がされた。横転する視界の中でも彼女の背中がたびたび見えた。両脇から吹き出た閃光がそこかしこに飛び散り、近くの民家にぶつかると蒼色の火柱を上げた。鋭く上がった火の手がみるみるうちに家々を包み込んでいく。 - 間髪をいれずに起き上がった魔法少女が絶叫する。 + 刹那、私は彼女の目つきがティーンエイジャーのそれから凍てついた殺人兵器に切り替わるのを見た。放たれた銃弾を手で掴めるほどすばやく動く手でも、緊急事態に際しては手段を選んではいられない。 +「伏せて!」 + ぎりぎりまで粘ったが真に生命の危機を悟った私は、カメラレンズの視界を諦めて地面に身を丸めた。 + それでも肉眼にはコマ送りのように光景が映っていた。彼女は手の先から紫に光る魔法の刃を展開して、老婆の上半身を瞬時に両断せしめた。幾分かコンパクトになった人間爆弾を抱きかかえて彼女自身も奥側に倒れ込む。 + そして、爆発。すさまじい衝撃波が襲いかかる。鼓膜が頭ごと叩きつけられて私の身体は抑えつけられているにも関わらず、兵士たちと一緒に後ろへ転がされた。横転する視界の中でも彼女の背中がたびたび見えた。両脇から吹き出た閃光がそこかしこに飛び散り、近くの民家にぶつかると蒼色の火柱を上げた。鋭く上がった火の手がみるみるうちに家々を包み込んでいく。 + 間髪を入れずに起き上がった魔法少女が呼びかける。 「みんな、怪我はない!?」 - 一体どこまで役者なのか。破裂した老婆の臓腑を一身に受けた彼女のスーツは一面おどろどろしい色彩でデコレーションされていた。しかし、彼女自身にはまったく怪我をした様子がないところがかえって悲壮的でもあり、神々しくもある。そんな若き戦場の女神が取り乱しもせずやるべきことをやって、第一に味方の心配をする。いくらなんでもできすぎだ。スクリーンの前で見ていたらきっと冷笑していただろう。彼女の判断力次第で私たちも等しく人肉ミンチになっていた立場でなければ。 - 休んでいる暇はなかった。他の小隊から続々と敵襲を報せる無線連絡が入ってくる。無線越しに聞こえる爆発音と、遠くの爆発音が幾度となくシンクロした。 + 一体どこまで役者なのか。破裂した老婆の臓腑を一身に受けた彼女のスーツは一面おどろどろしい黒ずんだ赤でデコレーションされていた。しかし、彼女自身にはまったく怪我をした様子がないところがかえって悲壮的でもあり、神々しくもある。そんな戦場の女神が取り乱しもせずやるべきことをやって、第一に味方の心配をする。いくらなんでもできすぎだ。スクリーンの前ならきっと冷笑していただろう。彼女の判断力次第で危うくひき肉になっていた立場でなければ。 + 休んでいる暇はなかった。他の小隊から続々と敵襲を報せる連絡が入ってくる。無線越しに聞こえる爆発音と、遠くの爆発音が幾度となくシンクロした。 「ああああああああ……!!!」 - 突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らの胸周りには、もはや堂々とLEDを点滅させた爆弾が巻き付けられてある。この地に戦略級魔法能力行使者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。 - 充填魔力による自爆攻撃。 -「シーット!」 -「ファック!」 + 突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らは手に武器も持たず、自我も持たない。この地に敵方の魔法能力者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。 + 充填魔力による遠隔自爆攻撃。先ほどの老婆はたまたま不活性化していただけだった。 +「ファーック!」 +「シット!」  誰かが大声で叫んだ。 - 今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリームには不適切な表現が含まれています、このストリームには暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされる多言語対応人工音声付き警告文のために、今日もAWSやAzureやGCPのLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一〇〇ヘクタールの森林よりも重い。 + 今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリーミング配信には不適切な表現が含まれています、このストリーミング配信には暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされるユニバーサル多言語対応人工音声付き警告文のために、今日も各社クラウドサーバの中で動くLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一〇〇ヘクタールの森林よりも重い。 --- @@ -251,7 +252,7 @@ tags: ['novel']  静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者はすぐさま車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。 「あいつはネクロマンサーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名。珍しい魔法なんでね」  横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪的扱いの紙タバコに火をつけて言った。まるで今さら思い出したかのような口ぶりだった。 - 死体を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も、おそらくはさっきの老婆も――最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。 + 死体を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も老婆も、最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。  地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔力を吹き込んでやればたちまち生き返る。復活した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして爆弾に使われる。  おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。 「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに」