diff --git a/content/post/魔法少女の従軍記者.md b/content/post/魔法少女の従軍記者.md index 6752883..5767417 100644 --- a/content/post/魔法少女の従軍記者.md +++ b/content/post/魔法少女の従軍記者.md @@ -574,22 +574,23 @@ tags: ['novel']  とても国家を手玉にとった人間同士の会話とは思えない。隅々にまで床暖房が行き届いた暖かい部屋の中で、カジュアルな服装に身を包んだ二人の姿はどこからどうみても長期休暇中の子どもそのものだ。実際、妹の方はすたすたと私の横を通り過ぎて冷蔵庫からジュースを手に取った。ついでに私にも一本くれた。 「はい、どうぞ」 「ど、どうも?」 - ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったエナジードリンクは三十路すぎの男には少々重かった。 + ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったロング缶のエナジードリンクは三十路すぎの男には少々重かった。  結論から言うと、二人の存在は合法になった。  あの劇的な脱出劇の直後、慌てふためいた合衆国政府が即座にデフコン1を発動させるも、すでにストリーミング配信の内容を分析していた世界各国の有識者から「もはや核兵器が有効とも限らない」との強い制止がかかり、ひとまずは刺激を避けて交渉を行う計画が進んだ。これに対して、南極大陸の観測所に居座った彼女が要求した条件は次の通り。  一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその家族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。四つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる国家の国籍も保有せず、また、いかなる組織にも所属しない。五つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる係争にも関与しない。六つ、以上の条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。七つ、両者の魔法能力の消滅をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。八つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、あるいはその計画が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。  半年以上に及ぶ議論の末、現存するすべての政府は彼女の要求を呑んだ。前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であるとの新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されてるんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMによるチェックシステムによって適宜フィルタリングされ”良識的”な人々の目に留まることなく電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。  一度、アイシャとサルマは国連と合衆国政府の承認を得てテキサスに飛んできたことがある。約束通り両親に会いに来たのだ。上空を幾多もの戦闘機が飛び回り、地上では一個大隊規模の軍隊と重戦車が往来する物々しい雰囲気に包まれていたが、名もなき暴徒に銃殺された二人の両親は、共同墓地の一角で静かに眠っている。これで復讐は済んだと言えるだろうか。 「ほら、あれがそうよ」 - アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。 + アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。一時は引き上げた各スポンサー企業からも再び打診の声がかかっているという。 「今はどれくらい魔法が使えるんだ」 + ふと気になって尋ねてみた。 「核兵器にギリ負けるくらい」 「じゃあダメじゃないか」 「そう。だから公言しないでよ。サルマから吸い取った魔法能力はだんだん抜けていっている」 「逆に私は、戦闘機にギリ勝てるくらいにはなったかな」 -  二杯目のエナジードリンクをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。 +  二本目のエナジードリンクをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。 「ふうん、じゃあそのうち逆転するかもな。そうしたら今度は世界征服を狙ってみるか」 -  オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をばたつかせた。 +  オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をばたつかせた。細い足首には重苦しい黒い枷が嵌っている。 「いや、もう面倒だしいいかな。今はゲームをやってる方が楽しい。こっちならお姉ちゃんに負けないし」  ひとまず世界滅亡の危機は去ったようだ。しかし今日のゲームにはふんだんにLLMや機械学習の産物が応用されていることはもうしばらく黙っておこう。  法的手続きの守り方にも色々ある。最強の姉は秩序に逆らう手本を妹に見せてうまく納得せしめた。刃はなるべく鋭く研いで、使う時は一撃で終わらせないといけない。