From 13fb5bd0f5ff3fa504f81b28edf668982447b501 Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Rikuoh Date: Sat, 23 Mar 2024 23:02:45 +0900 Subject: [PATCH] fix --- content/post/たとえ光が見えなくても.md | 12 ++++++------ 1 file changed, 6 insertions(+), 6 deletions(-) diff --git a/content/post/たとえ光が見えなくても.md b/content/post/たとえ光が見えなくても.md index f864567..ae0bd89 100644 --- a/content/post/たとえ光が見えなくても.md +++ b/content/post/たとえ光が見えなくても.md @@ -142,7 +142,7 @@ tags: ['novel']  管制官の声が私に覆いかぶさる。 「心配いらないよ。代わりの者が着任する手はずになっている」  どうやらすでに決まっていることのようだ。 - 収容所で散々習った地図のざらざらした手触りを思い出す。ミュンヘンからポーランドは指でなぞると数秒で辿り着くが、実際にはとても時間がかかる。私たちの魔法能力では休みながら飛んでいくよりも、鉄道の方が早く着いてしまう。 + 収容所で散々習った地図のざらざらした手触りを思い出す。ミュンヘンからポーランドは指でなぞると数秒で辿り着くが、実際にはすごく時間がかかる。私たちの魔法能力では休みながら飛んでいくよりも、鉄道の方が早く着いてしまう。 「リザちゃ……リザ中尉には、もうお伝えしましたか?」 「ああ。予備の手足の調子も悪くないと言っていたよ」  それを聞いて、ちょっとほっとした。リザちゃんは一つ屋根の下で一緒に住んでいるのに、いつも私の前では見栄を張る。今日の朝も「空襲が来ても全部撃ち落とせる」と威張っていた。 @@ -227,7 +227,7 @@ tags: ['novel']  チーン。二段ベッドと小さな机と椅子しかない手狭な空間に、タイプライタの改行音が響く。 ”今日は改めて、友達のリザちゃんのお話をきちんと書こうと思います。彼女は私より一つ歳上のお姉さんで、イタリア人です。威張りんぼなところがありますがとてもいい子です。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は自分の手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして家具職人の父が敷地に生えている木で義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。”  チーン。リザちゃんはまだ寝ている。二段ベッドの上の方ですやすやと寝息を立てている。私はむしろ下の方がよかったのだけれど、居室に着くなり彼女ときたら「私が上ね!」と宣言して梯子を上っていったのだった。 -”彼女は昔、近所の子たちにピノッキオと呼ばれていました。手足が松の木でできているからです。お父さんに読み聞かせてもらったので、私もお話はよく覚えています。ですが、彼女はこのあだ名がとても気に入りませんでした。それはピノッキオのことが嫌いだからではありません。ピノッキオは自由に身体を動かしていろんな冒険ができるのに、彼女は車椅子を引いてもらわないと自分の部屋からさえ出られなかったからです” +”彼女は昔、近所の子たちにピノッキオと呼ばれていました。手足が松の木でできているからです。お父さんに読み聞かせてもらったので、私もお話はよく覚えています。ですが、彼女はこのあだ名が気に入りませんでした。それはピノッキオのことが嫌いだからではありません。ピノッキオは自由に身体を動かしていろんな冒険ができるのに、彼女は車椅子を引いてもらわないと自分の部屋からさえ出られなかったからです”  うーん、とリザちゃんが唸り声をあげて寝返りを打った。改行やタイプの音が耳に障るのかもしれない。でも、今日を逃したらしばらく書けないのだから我慢してもらうしかない。さすがに戦場のまっただ中にタイプライタは持っていけない。 ”そんな彼女に祝福がもたらされたのは役目を果たすための収容所が外国にもできたおかげです。魔法能力を授かった彼女は、まるで本物の手足が生えたかのように木でできた義肢を動かすことができます。魔法も私よりうんと強く放てます。その代わりに、狙いを定めるのはちょっぴり下手です。”  キータイプの手を一旦止めて、神から祝福されたリザちゃんがどんな気持ちだったのか想像しようとした。けれど、湧き出てくるのは自分自身の記憶ばかりだった。 @@ -237,7 +237,7 @@ tags: ['novel']  何回叫んでもどこからも返事はない。私はとうとう怒って、力任せにドアを両手で押した。  すると、ドアはべきべきと音をたてて壊れた。薄いブリキの板みたいに、ひどく折れ曲がっているようだった。もっと押し続けるとドアはぺしゃんこに潰れて、通り道ができた。 「動くな!」 - 道の先を歩いていると、突然、男の人たちがそう口々に叫ぶ声が聞こえた。かちゃかちゃとなにかが鳴り響く音がとてもうるさかった。 + 道の先を歩いていると、突然、男の人たちがそう口々に叫ぶ声が聞こえた。かちゃかちゃとなにかが鳴り響く音がうるさかった。 「だあれ?」と聞くとまた「動くな!」と怒られた。不思議なことに、男の人が叫べば叫ぶほど、なにも映さないはずの私の真っ暗な視界の中に、白い線が波打って角ばったお人形のような像を作り出した。どうやら男の人たちはみんなお人形さんで、手にお揃いのものを持っているみたいだった。私はそれがなんなのか知りたかった。 「それ、なにを持っているの?」  前に歩いて手を差し出そうとすると、ぱん、と乾いた音がして、私は後ろに押し倒された。お腹の辺りがじんじんとしたので、手でまさぐると石ころのような塊が見つかった。 @@ -483,7 +483,7 @@ tags: ['novel'] 「多少は構いませんよ。民家にいた牛を一頭潰したんです」  そんなにたくさん作ったのか、と安心して文字通り腹落ちしたところで、別の疑問も浮かんだ。 「そこに住んでいた人はよく牛さんをくれたね」 - 牛さんは牛乳をくれる。牛乳からチーズも作れる。世話をしているだけでとても役に立つから、潰すとしたら本当に最後の最後だ。たまたま年寄りの牛がいたのだろうか、それとも特別に協力してくれたのだろうか。いずれにしてもありがたいことだ。 + 牛さんは牛乳をくれる。牛乳からチーズも作れる。世話をしているだけで役に立つから、潰すとしたら本当に最後の最後だ。たまたま年寄りの牛がいたのだろうか、それとも特別に協力してくれたのだろうか。いずれにしてもありがたいことだ。  しかし、兵士はただ笑うばかりだった。 「他にも色々くれましたよ。まあ多少は手こずりましたがね」 「ねえ、あなたたちの中で一番偉かった人を呼んできてくれないかしら。ポーゼン奪還の話をしたいの」 @@ -658,7 +658,7 @@ tags: ['novel'] 「ちょっと、なにか言って――」  それは……それって……。  とてもすばらしいことだ! 私はオーク材でできた両手を握りしめて上下に振った。 -「すごい、そんなことまで考えていたんだ! リザちゃん、すごいよ」 +「そんなことまで考えていたんだ! リザちゃん、すごいよ」 「えっ、そう? そんなに?」 「私は生活の身を立てることしか考えていなかったから」 「ううん、でも私も――」 @@ -680,7 +680,7 @@ tags: ['novel'] ”一九四六年五月七日。親愛なるお父さんへ。このところめっきり暖かくなりました。外套は先月にしまいましたが、今月はドレスでも暑いくらいです。とはいえ、こればかりは脱ぐわけには参りません。なんといっても私の軍服ですから。最近はソ連兵があまり食べ物を持ってこないので、いつもお腹が空いています。月のもののせいで痛むのか、お腹が空きすぎて痛むのかよく分かりません"  音は鳴らない。また故障しているのだ。手探りで紙を引き上げて改行する。 "毎日のように無線機のダイヤルを回しています。偶然にどこかの電波を掴んで、なにか情報が得られるかもしれないからです。しかし私たちの無線機は出力が弱すぎるのか、ハムノイズ以外にはなに一つ音が聴こえません。一体、街の外はどうなっているのでしょうか。今すぐにでも飛んで見回りたい気持ちです。ですが、いつソ連兵が攻めてくるか分からないので離れられないのです。” - 実際、一度だけリザちゃんに見回りをお願いしたことがある。とても心配しながら飛び立った彼女は、まもなくとんぼ返りする羽目になった。重戦車と歩兵部隊がこちらにやってくる様子が見えたからだ。その日はいつにも増して身体に穴が空いた。 + 実際、一度だけリザちゃんに見回りをお願いしたことがある。心配がちに飛び立った彼女は、まもなくとんぼ返りする羽目になった。重戦車と歩兵部隊がこちらにやってくる様子が見えたからだ。その日はいつにも増して身体に穴が空いた。 <ねえ、また来たわ>  ノイズ音に紛れて、机の上に置いたインカムからリザちゃんの声がした。最近は散発的に敵が来る。一日に二回来ることも珍しくない。戦力の逐次投入などもっともやってはならない過ちなのに、よほどソ連軍は余裕を失っているのだろう。おちおちお手紙も書いていられない。インカムをかぶり、無線機を背負って外に向かう。椅子から立ち上がって、後ろに二歩、右を向いて三歩。ドアを開けて廊下に出る。一ヶ月も住めばここも家みたいなものだ。  空に舞い上がると辿るべき電波の白線が見えた。数キロメートル先の末端に佇む彼女は、なぜか空中ではなく地上に立っている。